夜明け3秒前

タオルで髪の毛や制服を拭かせてもらうと、すこし乾いた。
少なくとも水がポタポタ落ちることはない。



「……っくしゅん!……うう、ご、ごめんなさい」

「はは、いいよいいよ。なんで謝んの」



彼は隣でおかしそうに笑った。
彼のタオルのおかげで、電車で迷惑をかけることはなさそうだ。


でも、冷たい制服のせいでさっきよりも寒い。
早く家に帰らないと、夏とはいえ本当に風邪を引いてしまいそうだ。



「ていうか、くしゃみするくらい体冷えてるよな?俺のでよければ体操服着て帰りなよ。今日着ちゃったのが嫌じゃなかったら、だけど」


「い、いえそこまでしてもらうのは……」



話したことだってない相手なのに、どうしてこの人は私なんかに優しくしてくれるんだろう。
気持ちは嬉しいけれど、なんだか申し訳なくて気が引ける。



「やっぱ使用済みは嫌だよなあ、そんな汗臭くはないと思うんだけど……」



スンスンと悲しそうに自分の体操服の匂いを嗅ぐ彼を見て、もしや傷つけてしまったのではないかと焦る。



「あ、いや、それは気にしてなくて……ええと」



スラスラと自分の言いたい言葉が出てこなくて詰まる。
最近はずっと麻妃としかこうやって話すことがなくて、違う相手にどうしたらいいのかわからない。



「使用済みなのは気にしてない?」

「え、うん……そんなに」

「そっか、じゃあなんで?」



彼の口調は優しかった。
母みたいに、責めるようなきつい喋り方じゃない。
ただ理由が知りたい、子どもみたいな。


だから恐怖で頭が真っ白になることはなくて、考えるとちゃんと言葉が出てきた。



「ええと……なんだか申し訳なくて。私、流川くんと仲がいいわけでもないのに」



ちゃんと伝わったかどうか不安になって、チラッと彼の方を見てみる。
何かに驚いたような顔をしていたけれど、すぐに戻って人懐っこい笑顔を浮かべた。



「なんだそんなことか、安心した!じゃあはい、風邪引いちゃう前に着替えなよ」



ぽんと私の手に彼の体操服が乗せられる。
正直、申し訳なさが無くなったわけではなかったけれど、



「うん……ありがとう、お借りします」



と言って受け取った。

本当にいいのかなと思ってしまうけれど、とてもありがたいのも事実だ。



「じゃあ、トイレにでも行って着替える?」

「え……」



彼はもちろん親切心で言ってくれたんだろうけれど、さっきの出来事が頭をよぎって、うんと咄嗟に返事をすることができなかった。

彼はそんな私を見て察したのか、



「あー……ごめん、無神経だった。じゃあここで着替える?俺後ろ向いてるし」


と言ってくれた。



「うん……ごめんね」


「いいよそんなの。誰か来ないかついでに見張っとく」


「ありがとう」



彼が後ろを向いたのを確認して、ブラウスのボタンを外す。
こんなところで着替えるのはやっぱりちょっと恥ずかしいけれど……

なんて考えていると、ふと気づいた。



「……っ!?」



制服が透けて下着が見えてる!!!


危うく声が出そうだったけれど、口から空気が漏れただけで声にはならなくて安心する。


今冷静になって考えたら当たり前だけど、さっきまで気にする余裕なんてなかった……


もしかして、と嫌な予感に心臓が痛くなりながら肩に視線を向けると、透けて青い痣が見えてしまっていた。


慌てて腕、お腹、腰や背中も確認する。

悲しいことに、色が濃いものはほとんど目視できてしまった。


さーっと頭から血の気が引く気がする。
もしかして、流川くんは気づいた……?


いやいやいや、ないないない。
自分が気にしてても、他人は意外と細かいところまで見てないって聞いたことあるし。


……でも、体操服を貸してくれたのは、寒くて風邪を引きそうだから、だけじゃなかったとしたら……?


すぐ近くにいる彼に直接聞けばいいのに、なんだかすごく怖くなって、口は開かなかった。
不安な気持ちを誤魔化すように、制服を脱いで、体操服に着替えた。