夜明け3秒前

たどり着いたのは、体育館裏だった。
誰もいない、人ひとりすら通らない静かな場所。


コンクリートの床にそっと座る。
スカートが濡れてて気持ち悪いけど仕方ない。



『モデルの麻妃にかばってもらってるからって調子のんな』


『ざまあみろ、大して美人でもモデルでもないのに、麻妃とつるむからイジメられちゃうんだよー?』



この言葉が今更胸に突き刺さって痛い。
きっとみんなにそう思われてるって、自分が一番わかってたのに。


私がいなかったら麻妃はきっと、誰にでも好かれて幸せな高校生活が送れてた。
きっと今からだって遅くない。


彼女は、美人でかわいくて、正義感があって、優しいから。
他にも彼女のいいところなら、いくつだってあげられる。


私が麻妃から離れれば、悪く言われることも、笑われることもない。
わかってるのに……



「……っ」



泣きたかった。
泣いてスッキリしたかったけれど、涙は出てこない。


全身水に濡れてて、泣いたってわからないのに。
もう辛くて悲しくて仕方ないのに、なんで泣けないんだろう。


頭のなかも心だってぐちゃぐちゃで、自分のことなのに全然理解できない。


こんなに惨めで、弟にブスって言われるくらいかわいくなくて、一人だけの友達すら大切にできない自分なんて、私だって大嫌いだ。


いいことなんて何もない。
夜が明けることなんてないんだ。


私もみんなみたいに普通に生活したいだけなのに、何がいけないの。
だれか教えてよ……



「おわっ!え、大丈夫!?」

「え……」



声がした方を見ると、ひとりの男子が立っていた。
私の方に近寄ってくると、そのまま目の前でしゃがむ。



「びしょ濡れじゃん!寒くない!?えーと、なんか拭くもの……」



心配そうな顔をしたかと思ったら、その男子はかばんの中に手を入れて何かを探し始めた。


この人、知ってる……
確か1組の流川(るかわ)くんだ。


下の名前までは知らないけれど、1年生のとき、めっちゃ綺麗な美形がいる!ってみんなが言ってて有名だった。


私はそういう話に疎かったけれど、麻妃も『あいつは確かに美形だ』って認めてたから、なんとなく覚えてる。


今まで話したこともなければ、たぶん目も合ったこともない相手だ。



「あ、タオルあった!洗濯してまだ使ってないから安心して!」



かばんから黒のタオルを取り出すと、そのまま私の頭にふわっとかぶせてくれた。
柔軟剤の優しい、いい香りがする。



「あー……でもそれだけじゃ寒いよな、体操服ならあるんだけど、今日着ちゃってるからなあ」



急展開に頭がついていかず、うーんうーんと悩む彼をぼーっと見ていて、はっとする。



「あ、あの!ごめんなさい、タオル濡れちゃう!」


「え、いいよ。むしろ使って。風邪引いちゃうだろ?」



ほら髪の毛拭いてーと、タオル越しに頭を優しくゴシゴシされる。


不思議な気分だった。
こんなこと、誰にもされたことなかったから。

まさか16歳になって、誰かに髪の毛を拭かれることになるなんて。



「……ありがとう」

「いーえ、どういたしまして」



ふと目が合うと、優しく微笑まれた。
みんなの言う通り、とても綺麗な顔だった。