目の前に、青い扉。表札はない。
 鉄製のそれの上に直接ペンキを重ねているのか、その四隅の青が剥がれかけていて一目で築年数がわかる。

 その扉の前に立っている俺は、緊張を感じている。

 あの時と同じだ。
 あの時――、釈放直後、その足でここに来た。

 デジャヴ?
 ……違う。これは、俺の記憶。

 俺は、ノブに手をかけた。
 大きく息を吸う。
 回すと、カチャ、と控えめな音がして、施錠していないことがわかる。
 
 手前に引く。

 大声が耳に入った。
 聞き覚えのある声。
 琴実の声だとわかる。

 琴実……事のときは、まだ、琴実のことを『コットン』とは呼んでいなかったと思い出した。

「兄ちゃんのせいで!! 
兄ちゃんがたすくのお母さんをとったから、たすくも私も――」

 まず、琴実の背中が目に入った。
 肩を怒らせて、大きく上下させている。

「たすくはね!! 私の大事なトモダチなんだ!!」

 胸が軋む。
 この時、俺は、琴実の事を、復讐の為の道具としか見てなかった。

『琴実、家族割りっていうのがあるんだ。お前正直、金銭的にキツイだろ……?』
 
 そう言って、川原を紹介させた。
 川原に覚せい剤を流す為のただの道具。

「琴実、落ち着け。兄ちゃんが悪いのは、わかってる。
だけど、愛しちまったんだ……」

 琴実の正面には、川原。
 殺風景な部屋。
 俺と親父に追い出された川原と母親がたどり着いた汚い部屋。

「トモダチを苦しめる兄ちゃんなんか!!」

 琴実は腹の前で何かを握っているのがわかった。

 俺は、慌てて部屋に上がりこんだ。