カランカラン。
「ただいまあ」
た、貴兄の声!!
2階の和室にて。お姉ちゃんの趣味で大変な格好になっている私は、急いでトイレに駆け込もうとした。
が。
「毎度毎度、その手はくらわないわよ。響ちゃん」
黒いレースに包まれた腕を、それに負けないくらい黒い笑みを湛えたお姉ちゃんにぐわしと掴まれた。
「お、お姉ちゃん、お願い。貴兄には……」
「だめ。可愛い妹の晴れ姿を貴史に自慢するんだから。
たーかしー、2階の和室よー」
晴れ姿じゃなあい! いやぁ!
こんな姿を見せたら絶対……。
ぺたぺたと階段とスリッパがぶつかる音。徐々に近づいてくる。
「なんだ、どうしたんだ?」
貴兄の声とともに、和室の引き戸が開け放たれた。
「貴史、おかえり。どう? すっごい可愛いでしょ」
戸をあけたままの格好で硬直する貴兄。その足元にどさっとこげ茶色の鞄が落ちた。
「響ちゃん……?」
見ないで。
貴兄だけには、見られたくない。
「なんて可愛いんだ!
この前のピンクのドレスも良かったが、こっちのほうが響ちゃんに似合う」
貴兄は、私に駆け寄って力いっぱい抱きしめると、「食べてしまいたい」と言いながら私の頬にキスを大盤振る舞い。
ほら、ね。
貴兄の無邪気な唇が私の頬や額に触れるたび、胸がズキズキと痛む。
だから嫌だったのよ……。私の気も知らないで簡単にキスなんかしないで。それもお姉ちゃんの目の前で堂々と。
貴兄にとって私は、幼馴染で「ただの」妹だって思い知らされる。
貴兄のバカ。
「でも、燈子。こんな可愛いすぎる姿、客に晒して平気なのかよ?
しかも個室だぞ。襲われでもしたらどうするんだ」
過保護。私はいつまでも子供じゃない。
「大丈夫よ。響ちゃんのお客さんは、私が認めた常連さんだけだもの」



