このマンションの一室。この界隈をシマとするヤクザの事務所になっている。

 この界隈を、なんて言ってもこの辺じゃこの手の事務所が結構あって、番付けするならノリさんが属するこの組は、下から数えたほうが早いくらいの勢力。

 聞いた話じゃ、もともとは老舗の部類には入るらしい。
 そんなこと言ったって、不景気のあおりを受け、有名どころの大きな『会』に吸収されて、組長がそこの副理事をやっているような弱小事務所には変わりないんだけど。

「高智のアニィがいるはずだから、直接話せよ」

 ノリさんは、そう告げてからドアノブを捻った。

 かおるん、高智さんにまで話したのか。

 靴は脱がない決まり。いざ、というときのためらしい。
 今のご時勢、その「いざ」というときがはたして来るのかどうか、疑問だけれど。

 ノリさんは、「待ってろ」と背中で俺にひとこと言って、バスルームに消えた。

 ノリさんのこういうところ、好きだなあ。

 生え抜き、たたき上げのノリさんは、幹部になった今でも自分の事を「下っ端だから」と言う。

「ほら。ったく、お前は。傘ぐらいさせっつうの」

 高智さんだったら、こんなふうにタオルを持ってきて俺の頭をわしゃわしゃ拭いてくれたりしない。