沈黙の幕はなかなか上がらないまま、気まずい空気に身を縮めていると、扉のノブを捻る音が部屋に響いた。

 待ってました、って雰囲気ではないけれど、勢いよく椅子から立ち上がってしまった。その拍子に座っていた椅子が倒れた。

「戸部のどか、昨日から家の都合で欠席しているそうだ」

 椅子を直している私の頭にそんな言葉が落っこちてきた。

 欠席……昨日から……。

「のんは知ってたってことか。
だったら当然、たすくの親父も知ってるってことだな」

 荒木薫は、天井に向かってそう呟く。

 たすくさんだけ知らなかったってこと?

「どうして、たすくさんだけ知らなかったのかしら」

「……んなこたあ、たすくにだけ言わなかった、ってだけだろ」

 当たり前のように言うけれど、のどかさんが知っていて、長男のたすくさんに知らせないって、ちょっとおかしくない?

 家族、でしょ?

 そう思った途端、随分良くなった手のひらが疼いた。指を開いて、やけどの痕を眺める。

 そして、写真が脳裏に浮かんだ。
 たすくさんが燃やした家族写真。

 のどかさんの手を取っている幼いたすくさん。
 お母さんと思われる、顔だけ焼け落ちた女の人の隣で穏やかな顔をしたお父さん。

 そういえば、あの時、たすくさんのお父さんを見て、どこかで見たことがあると思ったんだわ。

 ポスターでは思わなかった。あの写真を見たときに、ふと、思った。

 どうしてかしら。

 ああ、思い出せない。

 ……でも、とても大切なことのような気がする。