彼女を10日でオトします

 保健室の扉が閉まるのを待って、その扉の前に移動した。

 そう。盗み聞き。でもさ、この場合、大目にみてよ。
 俺、こうでもしなきゃ、気ぃ狂っちゃいそうなんだから。

 口の中に鉄っぽい味が広がる。噛み締めた唇の内側の粘膜が破れたんだな、と気づく。

 不思議と痛みを感じないのは、きっと、この扉の向こうで交わされている会話に神経を集中させているからだと思う。

 こもった低い声。内容はてんでわからないけれど、保健室の中に漂う尋常じゃない緊張感は、扉のこっちにも伝わってくる。

 ああ、駄目だ。どういう感情で待っていればいいのかもわからなくなってきた。

 母親がアンタの秘書とセックスしてた、と親父にチクったあのとき、親父から返される言葉を電話越しに待っていた緊張感と似てるな、と少しだけ思った。

 口がカラカラに渇いて、ずんずん痛い頭を重力に負けそうな重いからだで必死に支えているかんじが。

 「そんなことくらいで国会中に電話を寄越すな」と平然と言われた結果から考えれば、今の状況とは全く違うわかるけれど。

 小6のその当時から、俺、成長してないんだな。嘲笑が込み上げる。

「あー」

 溜め息に声を乗せながら、扉の真向かいの壁に寄りかかる。

 透視能力が欲しい。
 真正面で「おめえなんか通すか」とばかりにでーんと構える扉を見て心からそう思う。

 今、キョンは、扉の向こうで、貴史ちゃんに思いのたけをぶつけているのだろうか。

 寄り掛かっているコンクリートにペンキを塗っただけの壁は氷のようで、ブレザーもセーターも校章が入ったカッターシャツさえも通り抜けて蓄積された冷たさが侵入してくる。

 だから冬は嫌いなんだ。

 心まで凍りそうになる。