彼女を10日でオトします

 分厚いガラスのドアを押すと、カランカランと乾いた音。ドアの上部にベルが目に入った。 
 中に入ってドアを閉める。再びベルの音が響いた。
 
 程よい暖房、ぐっとボリュームを絞ったジャズ。木を基調とした、落ちついた風合いの店内。
 
 しかし、まあ。何故、店員がいないんだ? 営業放棄? 強盗してくださいの合図? フロアを見渡しても、カウンターの中を覗いても人っ子一人いない。
 
 こういう場合、俺はすぐに帰るか、「すいませーん」と声を張り上げるかするんだけど、どちらもしたくない。
 
 適当な席に座って、ジャズのトランペットに耳を傾けていた。
 
 居心地がいい、というのはこういう事をいうのかね。
 
 椅子の背もたれも、テーブルの高さも、ジャズも、室温も、雰囲気も、まるで俺のためにあつらえたかのように“しっくり”する。
 
 幼かった俺の過ちや、それに伴う莫大な後悔、未来への不安や、現実から逃げている事実。 

 そんなものは、たいしたことじゃないのよ、とでもいうような温かい空気がここにはあるような気がした。 
 
 俺は、おもむろに目を閉じて、この空間に身を任せた。