彼女を10日でオトします

「あれ、俺の親父」

 戸部たすくは、部屋の四方をぐるっと一周するように貼られた「ポスター」を指差した。

 『若い力、自国民主党、戸部しずる』

「知ってる?」

 不安を全面に押し出した顔で、私の顔色をうかがう。不安というよりは、怯えといった方が近いようなきがする。

 たすくさんの、たぶん、本気の上目使い……初めてみた。

 安易に発声してしまうのが戸惑われて、小さく頷き、もう一度ポスターを見やった。

 さすがに知ってるわよ。
 テレビは好きじゃないけれど、総裁選に出馬すると世間で騒がれている人物を知らないほど、情報に疎くはない。

「……どう思う?」

 どうって……。質問の意図がよくわからないわ。

 こういうのってほんと慣れてないのよ。ここでいう、こういうの、とは、相手の気持ちを考えること。

 今まで人の気持ちを考えたことってない。人の気持ちは、「考える」ものじゃなくて「みる」ものだったから。数字として。

 だけど、たすくさんの「数字」は見えない。困ったわ。

 しょうがない。ここは感じたまま――

「なんとも思わないわ」

 たすくさんのもともと大きい目が、犬のようにまんまるくなる。

 ……穴、開きそうなんですけど。そんなに見つめないでいただきたい。