「あの、私と霧生は何でも無いですよ。舞美さんが心配するような事はありません」
だから、私はこう言うしかない。
こんなに苦しんでいる人を、これ以上苦しめちゃいけないよ。
霧生を思う気持ちを、心の奥底にしまい込もう。
誰かの不幸の上に、成り立つ幸せは無いんだから。
ただの仲間として霧生と接しなきゃ。
ジクジクと痛む胸の奥。
霧生···私はもう待つ事が出来ないよ。
彼女をこんなに追い詰めてまで、待ってる事は出来ないや。
「本当に?」
泣き濡れた瞳で私を見据える舞美さん。
「はい。霧生にとって私は子猫以外の何物でもないですよ。彼の私に対する扱いはペットですしね」
そう言って笑ったつもり。 
表情筋は上手く動いてくれてたかな。
「ありがとう、神楽さん。貴方は優しい人ね」
「ちっとも、全然、そんなです。あ、私、連れを待たせてるのでもう行きますね」
私の気持ちがバレてしまわないうちに立ち去らなきゃ。
「引き止めてしまってごめんなさいね」
儚く笑った舞美さんに、私はいえいえと首を振り化粧室を後にした。
締め付けられる思いに胸元を掴み走り去る私は、背後で愉快そうに口角を上げた舞美さんの姿を知る由もなかった。
単純で間抜けな私は、糸も簡単に彼女の策略にハマってしまったのだった。
それに気付いた時には、自分の事も霧生の事も沢山傷付けた後だった。 




「コウ!」
ドアの近くの壁に背中を預けて待っていてくれたコウに駆け寄った。
「神楽、何かあったか?」
「えっ?」
心配そうに私を見るコウに首を傾ける。
「お前、自分で分かってねぇの? 今にも泣きそうな顔してんじゃねぇかよ」
「···なんでもないよ」
首を振っても、コウの硬い表情は崩れない。
「チッ···とにかくここを出るぞ」
コウは私の手を乱暴に引っ掴み、ドアを押し開け進む。
クラブの入り口まで続く薄暗い通路を進む間も、コウは何も話さない。
コウの背中からはピリピリとした殺気が漏れ出ていて、私の方から何かを話し掛けられる雰囲気じゃない。
ドアを抜け店外に出たコウは、駐輪場まで私を引っ張っていくと、無言のまま抱き上げタンデムに乗せた。
「こ、コウ?」
彼の怖い雰囲気に恐る恐る声を掛けるも、無視された。
コウは私の頭にヘルメットを乗せ、ベルトを締める。
怖いから···何か喋ってよぉ。
「しっかり掴まっとけよ。飛ばす」
願いが通じたのか、コウが喋ってくれた。
醸し出す雰囲気はピリピリしてるのに、私に話し掛ける声が随分と優しかったのは何故なんだろう。
バイクに跨がりヘルメットを被ったコウは、エンジンを掛けると爆音を届かせアクセルをあけた。