彼女が、私に話しかけた理由なんて、霧生絡みなのは間違いないけれど、今この場で出会う必要はあったんだろうか。
そんな事を考えていると、目の前の彼女が再び口を開いた。
「話したのは初めてだけど、お互いに知らない仲じゃないわよね」
「はぁ···」
数回すれ違っただけの相手を、知らない仲と言えるかといえば否だけど。
「私の名前は鮎川舞美(あゆかわまみ)。霧生の彼女よ」
改めて言われなくても、彼女なのは分かってるよ。
でも、名乗られたって事は、私も自己紹介をしなきゃ駄目だんだろうなぁ。
「望月神楽です」
「神楽ちゃんね。野良猫の溜まり場で見かける度に話をしてみたいと思ってたの。なのに、霧生ったら一度も紹介してくれないんだもの」
眉を下げ残念だと言わんばかりの表情になった舞美さん。
私は話しかけて欲しくなかったですけどね、とは言わなかった。
霧生が紹介を止めてくれた事に感謝すらすれど、残念だとは思えないもん。

「···」
「霧生が拾ったって言う子猫ちゃんに興味があったのよ」
「···あ、はい」
話を切り上げて、早くこの場から去りたい。
「私、貴方にお願いがあったの」
「···」
「霧生はいい男でしょう? 貴方が色目を使うとは思ってないけれど、貴方みたいな可愛い子が側にいると心配で」
私が返事をしないのに、彼女は儚しげに目線を下げ話を続けた。
「霧生に聞いているかも知れないけれど···私、彼の子供を身籠って流産してしまったの」
「···」
聞いてると言って良いのかよく分からないよ。
でも、彼女の言いたい事は何となく分かった。
「貴方は若くてとても可愛いから、霧生じゃなくても他に沢山選べるわ。でも、私には彼しかいないの。彼との子を亡くして、子供が生まれにくい身体になって···。そんな私には霧生しかいないの」
「わ、私と霧生は、ただの仲間ですよ」
震えそうになる声でそう返すのがやっとだった。
「分かってるわ。分かっているけど不安で仕方ないの。お願い、私から霧生を奪わないで」
悲痛な面持ちでそう言った舞美さんは、涙を一滴落とした。
苦しみに顔を歪める彼女に、同じ女として胸が痛んだ。
好きな人の子供を流産して、その上身体まで壊してしまうなんて、悲し過ぎる。
霧生をハメた罰を彼女は受けたのかも知れないけれど、あまりにも罰が重すぎたと思った。

霧生からの話しか聞いていなかった私は、偏った見方しか出来てなかったのかな。
舞美さんの苦しい気持ちは彼女にしか分かんないよね。
彼女が別れたくないと手首を切ったのは、霧生を愛するあまりの行動だったのかな。
私、霧生と舞美さんの間に無理矢理割り入ったりしてないけど。
霧生を思うこの気持ちさえ、悪いモノに思えてしまった。
胸の奥がジクジクと痛んだ。