「もっと可愛い悲鳴を上げろよ」
楽しげに笑って、私を担ぎ上げたままスタスタと目的の倉庫を目指す霧生。
「お、降ろしてぇ。鬼ぃ、悪魔ぁ!」
霧生の背中をポカスカと殴る。
「ククク、騒ぐんじゃねぇよ。落とされたくなきゃじっとしてろ」
「このままじゃ変な注目浴びるよね。恥ずかしすぎる」
私、完全に晒し者だよね。
「顔を見られたくなきゃ大人しく顔を下げてろ」
ハーフパンツの上から私のお尻をパチンと叩いた霧生。
レディーに何たる仕打ち、鼓じゃないんだよ。
女の子のお尻をそんな風に叩くなんてデリカシーなさ過ぎだぁー。

「降ろしてくれたら騒がないよ」
この恥ずかしい体制を何とかしてよ。
「無理だな。うちの連中にもう見つかっちまったしな」
霧生がそう言うやいなや、彼の周囲に人が群がった。

「おかえりなさい、霧生さん」
「副総長、ずぶ濡れになってどうしたんですか?」
「そ、その子なんですか?」
ワラワラと集まってきては霧生に声をかけるヤンキー軍団に、私は慌てて霧生の背中に顔を埋め、垂れ下がる自分の長い髪で視界を遮った。
怖いやら、恥ずかしいやら、色んな感情が私の中で渦巻いていく。
霧生の言うように、今は顔を隠しておくのが絶対得策だ。
お尻を先頭にして、肩に担がれてるなんて言う間抜けな姿のまま顔晒し出来るほど、私の心臓は強くないよ。
集まってくるな! どっかいけ! 心の中で呪いの言葉を吐きながら、お腹に伝わる圧迫感と揺れを必死に耐えた。


どれぐらいそうやって運搬されただろうか。
霧生は戸惑うことなく、大勢の人の気配のする場所を、突き進んだと思う。
顔を隠していて状況は分からなかったけど、視線が痛いほどに刺さっている事だけは気配で分かるもん。
倉庫の中に入ったと分かったのは、ドアの開け閉めの音や、さっきまで吹き付けていた風を感じなくなったから。

霧生が不意に立ち立ち止まり声をかけてきた。
「さぁ、お嬢さん。チーム【feral cat】へようこそ」
芝居がかった台詞を口にした霧生は、予告もなく私を足から地面に降ろした。
目を開け、慄きながらも視線をさまよわせると、そこは少し薄暗い場所で。
広い応接室ような場所は、黒くて長いテーブルを囲むように配置された4つの大きな革張りのソファーと、生活家電などが置かれた部屋だった。
そして、部屋の一番奥の壁には黒い大きな旗が貼り付けられていて、中央にこちらを挑発的に睨みつける様にして四本足で立った白い毛並みの猫が描かれていた。

【feral cat】···霧生が口にした言葉を頭の中で読み解く。
【feral cat】、通称野良猫と呼ばれる暴走集団。
世の中に疎い私でもその名は知っていた。
クラスメートや待ちゆく人が、よく口にしているその名は悪名高い。
この街を統べると言われる彼らは、強固な団結力と強い力を持つと言われるこの辺り最大の暴走族。
イケメンばかりの幹部に巷の女の子達は騒ぎ、彼らの強さに男の子達は憧れるという。

あの···噂に聞いた【feral cat】の本拠地に私は今いるってことだろうか。

ゆっくりと大きく深呼吸し、自分の状況を把握していく。
恐怖なのか、寒さなのか分からない震えが身体を襲った。
少し上向きに額に片手を当て、大きく吸った息を静かにゆっくりと吐き出した後、私は頭一つ半高い位置にある桐生の顔を睨みつけこう言った。

「危ねぇじゃねぇかよ!」と。
口が悪くても、この際許してほしい。
それ程の衝撃を受けたのだから。