「お邪魔します」
緊張した面持ちで豪邸に入ると、そこは広い玄関ホールが広がっていて、ここだけで私は生活できるんじゃないかと思った。
「さぁさぁ、こっちよ」
「は、はい」
綺麗に並べられた高級スリッパに足を通して、彼女の後ろに続く。
生成りの清楚なワンピースに見を包んだ霧生のお母さんからは、ふんわりと優しい香りがした。


私達が通されたのは広いリビングルーム。
フカフカのソファーセットと、長方形のガラステーブルが置かれていた。
部屋の壁に埋められている大画面テレビは、何インチだろうか。
まるで、映画館みたいだよ。
「直ぐにお茶の支度をしてくるから、2人は座って待っててね」
部屋続きにあるキッチンへと小走りに向かう霧生のお母さん。
あれは、噂に聞くアイランドキッチンとかいうやつじゃないかな。
調理場の見渡せる広いアイランドキッチンで、霧生のお母さんは楽しげにお茶の用意をしている。

「き、霧生」
「なんだよ? ていうかお前も座れよ」
足を広げドカリとソファーに座った霧生に、腕を引っ張っぱられ隣に座らされる。
フカフカのソファーが、心地よく身体を包み込み沈む。
駄目だ···完全に私場違いだよ。
「緊張で吐きそう」
口元に手を当てた。
「お、おい、大丈夫か? トイレ行くか?」
あ、無茶苦茶心配してる。
オロオロしてる霧生に、笑みが浮かんだ。
「吐きそうな気がするだけだよ」
「気持ちが悪くなったら直ぐに言えよ」
「うん」
「そんな緊張すんな。たかが家だろうが」
いや、これはたかがでは済まされない豪華さだよね。
霧生は私の緊張を和らげるように、頭を優しく撫でてくれるが、どうにも落ち着かない。

「まぁまぁ、あらあら仲良しなのねぇ、ウフフ。頂き物のアールグレイだけど美味しいのよ。お砂糖とミルクはお好きなだけ使ってね」
戻ってきた霧生のお母さんが、私達を微笑ましそうに見て、テーブルにティーセットを並べた。
「あ、ありがとうございます」
目の前に置かれたカップからは淹れたての紅茶のいい香りがした。
「良かったらこれも食べてね。私が作ったマフィンなのよ」
皿に乗せられたそれは、買って来たと言っても過言じゃないぐらい綺麗な形をしたマフィンだ。
霧生のお母さんは、料理上手な人なんだと思う。

「改めて、初めまして、よく来てくださったわ。霧生の母の室町瑠奈(むろまちるな)です。仲良くしてくれると嬉しいわ」
私達の対面のソファーに腰を掛けた瑠奈さんは、綺麗な顔で微笑んだ。
「望月神楽です。今日はお招きありがとうございます」
「神楽ちゃんね。霧生の彼女がとても愛らしい子で嬉しいわ」
「あ、いえ。そんな」
まだ、彼女じゃないんです、とは言えなかった。