橙色の糸

一週間後、臨時退院をした俺は久しぶりに我家に帰宅した。

「ただいま」

いつもの癖でドアを開けるのと同じタイミングで言うが、家の中は"しん"としていて奏恵が料理を作る音も俊介のドタドタと廊下を走ってくる音も聞こえない。少し物悲しい気持ちが鼻の奥をツンとさせるが、そう思ったのは一瞬で

「おかえり!」
「おかえりなさい」

すぐそばで声がした。
大丈夫、俺は1人じゃない。

その事を確認するように、もう一度
「ただいま」と言った。

そして、入院生活で使っていた少ない荷物を玄関先に置くと俺たちは連れ立って神無木さんの自宅兼神社に向かった。

視覚障害者用の杖を頼りながらも何度も通った馴染みの道ということもあり、難なく歩く事ができた。

神無木さんの神社はそれほど大きな神社ではないものの立派な社とそこそこ広い境内があり、よく近所の子供たちの遊び場となっていた。
俊輔もここでクラスメイトなんかと鬼ごっこを暗くなるまでしていて、よく迎えに行ったものだった。

そんなことを思い出しているとつま先が神社の前の階段に当たった。

一歩一歩慎重に階段を上がり地面の感触が石段の硬いものから、小石混じりの土のジャリジャリしたものに変わった時、

「誰かと思ったら、高橋さんじゃあないか!」

穏やかな声の中に驚きを混ぜた神無木さんがザッザッと小走りで駆け寄って来るのを音で感じた。

「ご心配をおかけしました…」

「まぁ、立ち話もなんだし、社務所の方に寄っておいで。」

神無木さんの暖かい手が杖を持っていない方の手に触れた。

「ありがとうございます。実は、今日こちらにお伺いしたのは…」

「あーうんうん、ご家族の事とかだね?高橋さんが来て一目見て察しがついたよ。」

それから社務所にお邪魔して、俺は神無木さんに幽霊になってしまった家族と家の手伝いをして欲しいという旨を話した。

「なるほどなぁ…まぁ、家のことは任せなさい。問題はご家族の事だね。」

「…はい」

「高橋さんはどうしたいんだい?」

「え?」

「さすがに今の技術でも仏さんを生き返らせることは出来ないからね。さっき俊輔君からも奏恵さんからも色々聞いたけどやっぱり成仏するのが一番だ。高橋さんには辛いことかもしれないが…」

神無木さんの言う通りだ。今まで目を背けてきたけど、奏恵も俊輔も生き返らせることは出来ないのだ。

「…やだ。僕やだ!!じょーぶつなんてしたくない!消えたくない!!怖いよ…うわぁぁん!!」

唐突に隣から俊輔の声がきこえ、そのまま泣きじゃくり初めてしまった。続いてそれを宥める奏恵の声が聞こえてきた。

「俊輔!泣かないで…確かに母さんも怖いけど、そうするのが一番なのよ。私達にとっても、父さんにとってもね。」

「俊輔…すみません、もう少し考える時間を頂けますか?」

「…そうだね。でも…なるべく早く判断した方がいいよ。」

「…はい、お邪魔しました。では明日から家のお手伝いの方はお願いします。」

心に重いしこりを残したまま、俺たちは神無木さんに別れを告げ、帰宅した。