Ep.1 神様

私が目覚めたのは…ただただ真っ白な空間だった。

「…こ、こは…?」

声が、掠れる。

上手く機能しない体を恨めしく思いながら私は体を起こした。

助かった…のだろうか?

手を握ったり、開いたり。

足を動かしてみたり。

「おかしい…。」

私はたしかにトラックに跳ねられた。

道路でへたり込んでいた少女を助けて死んだ。

たとえ助かっていたとしても、大怪我を負っているはず…。

なのに、今の私はどこにも怪我をしているように見えない。

「どうして…?」

「あ。起きた?」

いったいどこから現れたのか。

真っ白な空間の揺らぎと共に1人の少年が姿を見せた。

「こんにちは。雪白 瑠璃さん。」

柔和な笑みを浮かべる少年がゆっくりと私に近づく。

彼が歩くたび、真っ白な床に波紋のようなものが広がった。

「どうして…私の名前を?」

「それは簡単。だってボク神様だし。」

神様。

非科学的な存在で、普段の私ならあり得ないと一笑したであろう、それ。

しかし今。

トラックに跳ねられて、傷1つないこの状況は神様すら受け入れるに十分だったのだ。

それに…。

「やっぱり私、死んだんですね。」

神様がいるのならここは既に天界。

私は死んだのだろう。

「そう。君は死んだ。死んでしまった。心からの幸せを…一度も感じないまま、ね。」

「…。」

私は思わず俯いてしまった。

本当の幸せを見つける暇なんて…わたしにはなかった。

日々を生き抜くことに、精一杯だったんだ。

じっ、と真っ白な床を眺め続ける私をいたわるように、彼は私を覗き込みゆっくりと頬を撫でた。

「ボクら神が人の子の運命に干渉できるのはごくわずか。大抵の人は親や恋人にメッセージを届けているんだけど…。君は少しだけ、違ってね。特別だ。」

「特…別?」

そう、と頷いた神様は私から離れた。

波紋と共にたんたん、と床を踏みつけ歩いた彼の金髪が揺れ動く。

「1年。1年だけ、君の命を伸ばしてあげる。その間に、本当の幸せを…心からの幸せを見つけておいで。」

ぱちん、と可愛らしくウインクを決める神様。

私は呆然としていただろう。

命を伸ばすなんて、そんなことできるのか…と。

「そんなことして、いいんですか?」

「んー。いくら君が今世で不幸続きだったとはいえ、アウトに近いセーフって感じかな。多少無理はしているよ?…でもね。ボクはよく君を見ていた。神は生者には干渉できないから見ているだけだったけど。それでも君の心の声は聞こえたんだよ。君の心はいつだって叫んでた。
幸せになりたいって。本当の幸せを見つけたいんだ、って。ボクは、そんな君の願いを叶えてあげたいんだ。」

ずっと…ずっとずっとずっと。

幸せになりたいって、思ってた。

そんなの叶わないって知って。

いつしか諦めて。

それでも私は、願っていたのか。

「幸せに…なりたい。」

つう…っと、頬に涙がつたった。

ぽろぽろと涙をこぼす私を、神様は小さな体をめいいっぱい使って抱きしめてくれた。

そのぬくもりは、まるで。

幼い頃に憧れてた…お父さんみたいで。

「…っ、ひっく…。ありがとうございます…神様…っ。私、頑張ってみます。本当の幸せ…探してみます。」

「うん。ボクはずっと見ているからね。
応援しているからね。…よし。早速君の運命を変えようか。君は助けた少女と共に歩道に飛び込んだ…助かったんだ。…頑張るんだよ、瑠璃。」

私の体は、淡い輝きに包まれていく。

精一杯の笑顔を神様に向けた私に彼は笑顔で手を振ってくれた。

真っ白な空間が、現代の町並みへ変わっていく。

オセロの駒が裏返るように。

ひとつひとつ、変わっていく。

気がつけばそこはあの道路。

腕の中に少女を抱いた私は歩道にへたり込んでいた。

あぁ。

本当に、本当に。

ここから始まる。

もう一度、ここから始まる。

私はもう、絶対に後悔なんてしない。



どうか最後まで、見届けてほしい。

私達の奏でるこのリスタートの物語を。