建ち並ぶビルが威圧的に私を見下ろす。

路地の隙間から冷たい風が吹き抜ける。


今すぐ帰れ、と言うわりに急かす口ぶりには聞こえなかった。

抑揚がなく、私がどうなろうと別にどうでもいい、関係ない、といった感じ。



なぜか動けなかった。

暗闇の中、黒を纏った男の瞳に囚われる。



「……今帰らねぇと、帰れなくなるぜ」



──ゾクリとした。


低い声に。冷たい瞳に。
それとは裏腹な、小さく笑った口元に。


ふとビルを見上げた彼の横顔を、古ぼけた街灯が照らし出す。



綺麗な輪郭。

光が弱いせいでぼんやりとしか見えないけれど、間違いなく美しいものだとわかる。

彼とは1週間前に会っているはずなのに、全く違う人物に見えた。