「お前、昨日の女か」
いやに静かな夜だった。
さっきよりも寒さを感じるのは緊張のせいか。
それとも
─────この街の人の心が、冷たいせいか。
昔から大人たちが口をそろえて“ 絶対に近づいてはいけない ” と言っていた場所に
昨日、友達と初めて足を踏み入れた。
そして、もう二度と来ることはないと思っていた。
──────それなのに私は今
ひとりでここへやって来て
“ この男 ” の前に立っている。
「今すぐ帰れ。 もうすぐ会合が始まる。 部外者は男女カンケーなしに討ち払われんぞ」
建ち並ぶビルが威圧的に私を見おろす。
路地の隙間から冷たい風が吹き抜ける。
今すぐ帰れ、と言うわりに急かす口ぶりには聞こえなかった。
抑揚がなく、私がどうなろうと別にどうでもいい、関係ない、といった感じ。
なぜか動けなかった。
暗闇の中、黒を纏った男の瞳に囚われる。
「……今帰らねぇと、帰れなくなるぜ」