第1話  ふうたろう、かおりの家に行く

 
こんにちは。ぼくは絵本なんだ。『風の子ふうたろう』というのが、ぼくの名前なんだ。よろしくね。


「 『風の子ふうたろう』? そんな名前、聞いたことがない 」 って ?


うーん、そーか……。でも無理もないなあ……。だって、ぼくのお話を書いてくれた人は、あまり有名な人ではないし、本は五千冊ほど作られたけど、あまり売れなかったからね。


ぼくのお話を書いてくれた人は夢都五郎(むつごろう)さんという男の人なんだ。夢都(むつ)というのが名字で、名前が五郎さんというなんだ。これ、本名ではないのだよ。


九州に有明海という海があるのだけど、そこにすんでいるムツゴロウというお魚のかば焼きが大好きだから、そこからこんなペンネームをつけたのだって。


まったく、もう、ふざけているねぇ。こんなふざけた人から、ぼくのお話が生まれたのかと思うと、ぼくは何だか自分でも情けなくなるよ。


でもこの人がいなかったら、ぼくのお話は生まれなかったわけだから、そのことを思うと、この人のことをあまり悪くは言えないけどね。


作者はふざけた人でも、ぼくはいい子だから、作者とぼくを、ごっちゃにしないでね。


さてと、ぼくのお話はこれから始まるのだけど、ぼくは今日、佐賀県の武雄という町に住んでいる、佐倉かおりちゃんの家に、東京から郵便で来たんだ。


ぼくといっしょに、文字だか記号だか、よく分からないものが書かれているシールも、同じレターパックに入れられていたよ。


かおりちゃんの家の郵便受けに、金曜日の朝の十時ごろ、ぽとんと入れられて、しばらく待っていたら、かおりちゃんのおかあさんが、お昼ごろ、取りに来てくれたんだ。                                     


かおりちゃんのおかあさんは、とてもきれいで、みやびやかな感じがする人だったよ。


やわらかくて、やさしそうな手で、ぼくを大事そうに郵便受けの中から取り出して、部屋の中に持って行って、ぼくをレターパックから、そっと出してくれたんだ。


ぼくを手に取って、ページをぺらぺらとめくってから、にっこり、微笑んでくれたので、ぼくもうれしくなって、にっこり、微笑みを返したんだ。かおりちゃんのおかあさん、分かってくれたかな。 


四時過ぎに、かおりちゃんが学校から帰って来た。


かおりちゃんは小学校の四年生なんだ。


かおりちゃんも、おかあさんと同じように、とてもやさしそうな女の子で、ぼくを大切にしてくれそうな気がしたから、ぼくはうれしくなっちゃった。


「かおり、本が届いたわよ」


玄関でくつを脱いでいたかおりちゃんに、おかあさんが奥の部屋から声をかけた。


すると、かおりちゃんは、ひなぎくのように明るい声で返事をしてから、部屋の中でアイリッシュハープを弾いていたおかあさんのそばにやってきたんだ。


「わぁ、面白そうな本ね。本の名前が『風の子ふうたろう』というくらいだから、とても元気で、明るい男の子のお話なのよね。ママ、読んだ ? 」


ハープの横に置かれていたテーブルの上に載せてあったぼくの絵本を手に取ると、かおりちゃんは、おかあさんに聞いていた。 


「ええ、読んだわ。とっても面白かったわ」


かおりちゃんのおかあさんが、おひさまのように微笑んだので、


(ありがとう。本当にうれしいことを言ってくれるねぇ……)


と思って、ぼくはかおりちゃんのおかあさんが、ますます好きになっちゃった。


「かおりも学校の宿題がすんだら読んだらいいわ。とっても楽しくて、夢のあるお話よ」


かおりちゃんのおかあさんが、ぼくのことをもう一度ほめてくれたので、ぼくは何だか気持ちが、うるうるしてきちゃった。


「うん、そうするわ。宿題がすんだらすぐに読むわ」


かおりちゃんは、おかあさんが出してくれたクッキーを食べたり、ココアを飲んだりすると、ぼくを大事そうに手に持って、二階にある自分の部屋へ上がっていった。


「しばらくここで待っててね」


かおりちゃんは、ぼくを壁際に置いてある本棚の中で、しばらく休ませてくれた。


ぼくがあたりをきょろきょろ見ていると、ぼくの周りにいる本たちが、


「やあ、こんにちは」


と言って、声をかけてくれたので、ぼくは照れくさかったなぁ。


ぼくに声をかけてくれた本の中には、日本の有名な作家の先生がお書きになった本や、アンデルセンや、グリムなどの本もあったから、あまり有名ではない人によって書かれたぼくは、本当に恥ずかしかったんだ。穴があったら入りたいくらいだった。


でも本の中味が面白かったら、いい本なのであって、書いた人が有名であるかどうかは、どうでもいいことではないのかなあと、ぼくは今、思ったりしているんだ。そうは思わないかなあ、君たちも。


 まぁ、どっちにせよ、かおりちゃんのおかあさんが、ぼくのことを「面白い本よ」と言って、ほめてくれたので、ぼくはもうそれだけで、この家に来てよかったと思っているんだ。本の気持ちって、そういうものだよ。分かる ?


かおりちゃんは、ぼくを本棚に置くと、すぐに学校の宿題をしていた。


でも時々、ぼくのほうを、ちらっ、ちらっと見てくれて、ぼくの絵本を早く読みたくてたまらないみたいだった。


うれしかったけど、ぼくのせいで、かおりちゃんの宿題の答が間違ってしまったら悪いなぁと思って、ぼくは心配したりしたんだ。


一時間ほどで、かおりちゃんは宿題を終えて、いよいよぼくを本棚から取り出して、読み始めた。


かおりちゃんが、にこにこ笑いながらページをめくってくれたので、


(何を考えながら読んでくれているのかなぁ)


と思って、ぼくは、こそばゆくて、体のあちこちが、むずむずしたなあ。


「ああ、面白かった。ふうたろう君って、とってもすてきな男の子ね。こんな男の子がうちのクラスにもいたら、私のことを、とろいだの何のと言って、いじわるをするアキちゃんや、ヒロシ君なんか、風を吹いて吹き飛ばしてくれるだろうにねえ……」


かおりちゃんは絵本を読み終えると、表紙に描いてあるぼくの絵を見て、にっと笑ったんだ。


 絵も夢都(むつ)さんが描いたのだけど、ぼくの顔はまるでお魚のムツゴロウみたいに、大きい目玉が顔の前に突き出ていて、あまりハンサムとは言えないんだ。


でも何となくあいきょうがあって、かわいらしく描いてくれたので、まぁいいかと思っているんだ。


ぼくはもちろんお魚の子どもではなくて、風の子どもなのだから、本当はもっと違う顔にしてくれたらよかったのになぁと思っている。


でも風の顔なんて普通の人はだれも見たことがないだろうから、作者の想像力や気持ちで、どうにでも描けるよね。


風の顔は見えなくても、風の目は普通の人にも見えることがあるんだよ。


「えっ、そんなのうそだって ? 」


うそじゃないさ。だって、テレビの天気予報で台風の目を見たことがある人が、君たちの中にもいるんじゃない ?


ぼくたち風は、台風以外の風にも、ちゃんと姿や形があるし、心だってあるんだよ。


もっとも、それが分かるのは、詩や童話や絵本などを書くような特別な人に限られるけどね。夢都(むつ)さんにも、ぼくの姿が見えたので、書いてくれたのが、ぼくのお話というわけ。