5月7日16時。

何故だろう。

この日時には、特別な意味があるような気がしてならない。

高校2年の春。

担任の三好先生に頼まれ、放課後になったので、転校生に学校を案内する事になっていた。

…担任の先生は、昨日まで別の先生だった様な気がするのだけれど。


変だな。


妙な錯覚やデジャヴに何度も襲われ、今日の俺はすごく変だ。


「遅くなってごめんなさい」


職員室に呼ばれていた転校生が、俺以外誰もいない教室に、戻ってきた。


天野真名。


艶やかな長い黒髪、すらっとした手足。色白で、この世のものとは思えないくらいの、絶世の美少女だ。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


少しだけ緊張しながら、3階から順番に、彼女に校内を案内する事になった。


「広い学校だね」


彼女は感心したように、歩きながら言った。


「確かに広いね。旧校舎もあるから、時間が余ったら案内するよ」


あ、そうだ。旧といえば…。


「旧視聴覚教室がこの近くにあるから、ちょっとだけ覗く?」


「見たい」


真名は嬉しそうに、笑った。



2人で旧視聴覚教室に入ると、真名は突然、深呼吸した。



そして。




両腕を広げてクルッと一回転し、にっこり笑って俺を見た。


「海斗」



「…?」



何故いきなり、今日会ったばかりの転校生に、俺は呼び捨てにされたのだろう?



聞き間違いか?





彼女はいきなり急接近し、俺の両肩を掴み、回れ、というジェスチャーをした。



「??」



俺は首を傾げたが、言われた通り、彼女の様に両腕を広げてクルッと一回転して見せた。



すると。




記憶が、洪水の様に、溢れ出した。




図書館で、うたた寝するマナ。





カフェの休憩室で、巫女姿のまま赤くなってこちらに近づく、マナ。





白いワンピースを着て嬉しそうに微笑む、マナ。





ピンクの浴衣を着て楽しそうに、祭りの屋台のヨーヨーを掬う、マナ。






「戻った?記憶」





「戻った」




俺は震える手で、彼女をそっと抱きしめた。




「二度と、消えて欲しくない」



「私も」



マナは、感慨深い様子で、この教室の中を見回した。




「この教室にだけ、この日時にだけかかる細工を、こっそり施していたの。兄はきっと、これを知っていたのに、わざと見逃してくれたのかも」



俺は奇跡を見ている。



微かに声が、震えてしまう。



「これは、現実…?」



「そう。私は、人間になった」



「時刈先生は?」



「兄は、この時空間を整えたから、別な場所で、別な仕事をしているだけ」




「岩時神社は?」




マナは、ちょっとだけ寂しそうに、こう言った。



「もう、無い。私は、不死鳥じゃないし」



「でも、神がいなくなったわけでは無いよ。神は、神社にいるだけでは無い」


「心の中にいて、いつも見守ってくれている」



おれは、笑った。



「すごく、説得力ある」



マナは笑った。