「俊太……?」

「……。お前とは、あいつよりもずっと長く一緒に居たのにな。……あいつよりも、俺の方がお前のことをよく知ってるのに……」


 俊太の腕が、ゆっくりと私を抱き寄せた。


「……!」

「俺は、お前のそばに居すぎたのか?」


 私の体が強張ってしまったのが伝わったのか、俊太はすぐに私から体を離した。
 その代わりに、切れ長で綺麗な瞳が私を見つめる。


「俺はな、これからもずっと、お前と一緒に居たいんだよ」


 俊太の瞳の奥が寂しく揺れる。
 こんな俊太も、私は初めて見た。


「俺は、……お前が好きだ。もうずっと、ずっと前から」


 俊太の言葉に、私の視線は宙を彷徨い、少し離れた床へと落ちる。


「高校でお前と離れてからも、俺は誰にも惹かれなかった。お前に会いたくて、放課後は部活にも入らずに、ここに来られる日は必ず寄ってから帰った。偶然を装いたくて、LINEとか意地でも使わずに、ずっと通ってたんだ」


 知らなかった。

 いつもここで会っても、俊太は大した会話もせずに漫画を読んでいたから、こっちは邪魔をしないように、静かに窓の外を見ていたことが多かった。
 日によっては、「そろそろ帰るか」しか言葉を聞かなかった事だってあったはずだ。


「お前に変な奴が近付いて来ようもんなら、容赦なく蹴散らしてやろうかとも思ってた」


 その声音は、冗談にも本気にもとれるような響きだった。

 そして一呼吸おいて、俊太はまた話し始める。


「今年の春になって、ホシケイが現れた」

「俊太は、佳くんが嫌いなの?」


 自然と俊太へ視線が戻る。
 俊太は静かに、首を横に振った。


「いや、あいつはいい奴だよ。俺とは気が合うし、一緒に居ても気が楽だ。あいつとは、出会えて良かったと思ってる」


 言っている事とは裏腹に、その表情は冴えない。


「だから今、つらいんだ……」

「どうして?」


 私の言葉に、俊太は苦笑した。


「あー……、そうだ、お前の悩みを聞いてたんだよな。悪かった」


 そう言って、俊太は話題を戻してしまう。


「そうだな。おばさんを説得するには、どうしたらいいんだろうな。おじさんは何て言ってるんだ?」

「お父さんはいつも、黙って聞いてるだけだよ」

「そうか。おじさんは物静かな人だからな」


 父は私のことをどう思っているのだろうか。やはり、母と同じ考えなのだろうか。
 私は深い溜め息をついた。


「お前はどうするつもりなんだ? いつかはこの町から出ていくのか?」

「……そうしたいと思ってる。親に反対されたままでも、もう構わない。自分の人生だし、もう子供じゃないもの。自分で決めて、動いていきたい」


 そうか、と言って、俊太は何かを思ったように少し黙ったけれど、すぐに口を開いた。


「もしお前の夢が叶ったら、なかなかこの町には帰ってこられないんだろうな……」

「そうかもね……」

「お前はそれでも平気なのか」

「分からない」

「俺は嫌だよ。お前と離れるのは」

「俊太……」

「お前が近くに居ないなんて、考えられない」