穏やかに届いたセリフ。


そうだ。

サーシャが正式な妃に迎えられた今、もう、ライバル令嬢を蹴落とす悪役令嬢は用済み。

晴れて、私はお役御免なのである。


「色んなことがあったわね…。今思い返せば、自分でもよく乗り切ったと思うわ。」


「タバスコケーキを丸呑みしたり、紅茶を頭からかぶったりしたことですか?」


「…黒歴史は忘れてちょうだい。」


からかうようなアレンを睨む私。

はぁ、と呼吸をした私だが、だんだん笑いがこみ上げ、やがて、ぷっ!と吹き出した。


「聞いてよ、アレン…!今日の演技、実はメルさんに徹夜で指導されてたのよ?メルさんってば、ちゃんと死にそうな顔して。とか、もっと滑らかに意識飛ばして。って、真面目な顔で言うんだもん。もう、おかしくって…!練習風景を見せてあげたかった…!」


「だいたい想像がつきますね。」


堪え切れなくなった様子のアレンも、くすくすと肩を揺らす。


(あぁ。…なんだか、この感じ久しぶりだな…)


当たり前のように、アレンが私の隣にいる。

他愛のない話をして、一緒に笑って、たまに怒られて。

それでも、私を無条件に信じて肯定してくれる彼は、代わりなんていないくらい大切な存在だ。


「そういえば。私が紅茶を飲むって言った時、よく止めなかったわね。」


「メルさんから、お嬢様にネタを仕込んでいることを事前に聞いていましたから。毒入りの紅茶をちゃんとすり替えてくれていると信じていましたし。」


“ですがーー”


そう続けたアレンは、そっ、と私を見つめた。

穏やかなようで凛とした瞳が、私を映す。


「本当にお嬢様の身に危険が迫った状態なら、私は迷わず、代わりに飲みます。」


「…!」


「もちろん、毒味でもなんでも、どんな裏の仕事だってこなしてみせますよ。…私にとって、お嬢様以上に大切なものなんてありませんから。」