お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。


私の答えに、何かを考え込むように呼吸をしたダンレッドは、やがて小さく口角を上げて呟いた。


「まぁ、いいや。俺は、時が来るまで獲物を泳がせておくタイプだし。」


それを聞いた私とルコットが、きょとん、と首を傾げると、ダンレッドは「んーんっ!こっちの話〜!ニナ嬢は気にしなくていいよ。」と八重歯を覗かせた。

そして、どこかはぐらかすように笑顔を浮かべた彼は、ばさり、と軍服のマントを翻し、トンッ、と私の背中を押す。


「さ、いい子だから城に戻りな。控え室に行ってみれば?そろそろ戴冠式の始まる時間だし。」


モニカの伝言と食い違う展開に顔を見合わせた私とルコットだったが、ダンレッドに言われるがまま、その場を後にした。


それにしても、どこか変だ。

ヴィクトル王子が、地下庫の扉が壊れていることを知らないはずがない。

普通、一度入ったら出れなくなるような場所なんかを待ち合わせに指定するだろうか。

しかし、心に浮かんだ靄は、いくら考えたところで晴れなかった。


ーーー
ーー



やがて、二人の背中が見えなくなった頃。軍服の彼は、すっ、とまつげを伏せる。

真剣味を帯びた薔薇色の瞳が、どこか遠くを見つめるように細められた。


「これで、役目は果たせたかな。悪いけど、俺の可愛がってる子達を、簡単に敵の思い通りにさせるわけにはいかないんでね。」


ザァ…ッ


不穏な風を腕で凌ぐダンレッド。

ひとけのない庭に、彼の艶のある声が響いた。


「ーー後は頼んだよ…、メル。」


ぽつり、と呟いたダンレッドの言葉は、庭から遠ざかっていく私とルコットの耳には届かなかったのだった。