ほんの少し前に野々花の鼻先をかすめたのは、ここから漂う煙のようだった。

セレブリティな生活をしていそうな加賀美が、まさか庶民の代表格であるやきとり屋に出入りしているとは。
いや、決してやきとり屋を馬鹿にしているわけではない。ただ、加賀美とあまりにもミスマッチだったせいだ。

(意外なんですけど……)

戸惑う野々花だったが、品格漂う日本料理から敷居がうんと低くなって気が楽になった。

カラカラと音をたてながら引き戸を開ける。


「いらっしゃいませーいっ!」


威勢のいい声に出迎えられ、一瞬だけ面食らった。でも、元気の良さはなんとも気持ちいい。

さっと見渡した店内は、カウンター席が八席と小上がりのテーブル席が三つ。そこに加賀美の姿はまだない。


「おひとり様?」
「いえ、待ち合わせで、これからもうひとり来ます」


マスターと思われる三十代後半の男性は、やきとりの炭火で顔を赤くしながら「カウンターでもいいですか?」とにこやかに笑った。