それでも今にも笑い出しそうな目には、どこかからかいの色が滲んでいるように見え、素直に〝それじゃ、聞いてください〟と言いだせそうにない。それに、教育係の資質を加賀美に問われるような事態にだけはしたくなかった。
「いえ、本当に大丈夫です。これからも一生懸命仕事に励みますので、どうか今夜のことは忘れてください! すみません、失礼します!」
野々花は勢いに任せてそう言って急いで頭を下げ、加賀美の横をすり抜けてドアから飛び出した。
これ以上、加賀美の前に失態をさらしてはいられない。とにかく一分でも一秒でも早く、雄叫びをあげたあの場所から遠ざかりたかった。
「おいっ、星!」
背中に加賀美から声がかけられたが、それすら振り切る。これがこんな状況でなければ、とびきりの笑顔を浮かべて振り返っただろう。それこそ、自分史上最高の笑顔を。
でもそんな機会はもうない。野々花の恋は叶うどころか、加賀美と同じ舞台にすら上がれなくなったのだ。
密かに温め続けてきた恋が、呆気なく終わりを告げた瞬間だった。



