とある孤児院にて。



「天使?」

 片眉を吊り上げて、ラルフは読みかけていた本から顔を上げた。隣のベッドでは、同室のアールが目を輝かせて熱弁している最中だった。

「そう! この世にはね、天使がいて、僕たちに幸せを運んできてくれるんだって!」

 すっかり心酔しきった表情で、アールは語る。

「ありえないよ」

 ラルフは冷たく言い放った。

 ラルフは、アールとひとつしか歳の違わない、12歳。もう神だの天使だのといった存在を信じなくなってもまったく可笑しくない年齢だった。

「ううん、いるんだって!」

 ラルフの冷たい反応に、アールは喰ってかかった。

――本当の本当に、こいつは信じてるみたいだな。

 ラルフは内心、呆れた。思わず、言ってはいけない言葉が口から零れた。

「11歳にもなって天使信じてるやつなんか、お前以外にいねーぞ。恥ずかしい」

〝恥ずかしい〟。

 その言葉は、アールを傷つけるのには充分だったようだ。

 たちまち、アールの瞳は涙でいっぱいになった。

 そのままベッドを飛び降り、乱暴にドアを開けて部屋から出て行く。

――そういうところが子どもっぽいんだ。

 ラルフはため息をついた。



 この孤児院でクリスマスを心の底から楽しみにしている子どもなんて、何歳までだろう。

 少なくともアールはそのうちの一人だし、もちろんラルフはそうでない子どもの一人だった。

 ラルフはなんとなく、同じ孤児院の子どもたちがクリスマスプレゼントをもらって喜ぶ姿が好きでなかった。

 本当の両親じゃない大人がくれるプレゼンなんて、自分たちへのお情けなのだと認識していたから。

 半ば強制的に参加させられた、大食堂でのクリスマスパーティーも、ラルフはつまらなさそうに過ごした。

 ただひとつ気がかりだったのは、率先して参加しそうなアールが大食堂に来ていないことだった。アールなら、絶対にプレゼント目当てに来るはずなのに。

――まだヘソ曲げてんのか。


 退屈なパーティが終わって部屋に戻ると、どういうわけか、閉めていたはずの扉も窓も開けっ放しになっていた。この寒い時にどういう嫌がらせだ、と思い、明りをつける。

 まだアールは帰ってきていないらしい。一体何処へ行ったのだろう。

 その時、ふと自分のベッドの下に見慣れないものが置いてあるのを見つけた。

 赤と緑の包み紙。

 表には、≪ラルフへ 天使より≫と子どもの字で書かれていた。

 はあ、とラルフはため息をつく。

「まあ、今日くらい、天使がいるって信じてやってもいいかもな」

 自分の顔が少しほころんでいることに気づいているのか、いないのか、ラルフは呟いた。



(完)