「え?ここ……?」

ところが彼に連れられた店の前で、美季は固まってしまった
何故ならそこは最近日本初出店した、高級フレンチだったから

「ええ!ちょっ、課長?!なんで?いつものス〇バじゃ…」

「たまにはいいだろう」

よくない!
ってかこれいくらすんのよっ!
まさか!割り勘とか……言わないよね?ね、ねっ?
昨日の飲み会で使っちゃったし、今、持ち合わせ無いよう( ;∀;)

様々な疑問をグルグル繰り返す美季をよそに、秋元はさっさとドアを開けて入ってしまった

慌ててあとに続くと、執事のようなギャルソンに文句のつけようがない笑顔で案内され、あれよあれよという間に個室へ通される

って、個室!?なぜ??

へ?どーしてシャンパンを?

今日はご新規とか大口契約取ったんじゃなく、ただのクレーム対応【尻ぬぐい】でしょ…

今までだってノルマ達成しようが、新規の契約取ろうが当たり前にスルーだったし、よくて駅前のチェーンの居酒屋だったぢゃないですか!!

急な残業だって最初はなんも見返りなんてなくて、ついボソッと「コーヒー位おごってもいいのに…」ってこぼしたら、缶コーヒー買ってくれて
最近やっと「信じられない位甘いが、こういうのが好きなのか?」と珍獣を見るような顔をしながらキャラメルマキアートがご褒美になったばかりだ

なのに、なぜ高級フレンチ?
課長~!なにがあったんですか!?

脳内で突っ込みまくる美季に気づくことなく、秋元はスムーズに注文を済ませると、ふとこちらに眼を向けた

黒曜石の瞳が、星明りを映す夜の湖面のように揺らめき、じっと見つめられた美季は息をのむ
秋元はわずかに目を細め、口元をギュッと引き締めると、何も言わず窓の外へ視線を移した

な、な、なんですの?!

美季は訳が分からず、早鐘を打つ心臓を押え込んで、しばらく秋元を見ていたが、一向に振り向かない

もう、何がしたいのよ…

ドキドキした分、仕事以上に疲れたような気がした

秋元はたまにこんな風に思わせぶりな視線を寄こす
けど、それ以上は何もしない。何も言わない
振り回されるのは美季ばかりで、何の説明もないから、彼の無意識なくせのようなものと思うことにして、折り合いをつけていた

全く困ったもんだ
顔のいい男は周りに与える影響をきちんと知ってほしいもんである

今日のディナーもきっと単なる気まぐれなんだろう

ならば、せっかくの高級フレンチ!
楽しまなきゃ損!おいしく味わなきゃもったいない!

それからいつも通り自分に言い聞かせる

『勘違いしないように』と

胸の奥にツキンっというキリで突かれたような痛みが走ったが、気づかぬふりでやり過ごしたところに前菜が運ばれてきたーーー