気づけば目からは涙が一筋流れていた。周りの乗客に見られるまいと、私はすぐさま拭う。

 その頃には、電車は私の住む街へと、虚無の朝井ひばりを運んできていた。
 もう1時間以上も目を開けたまま眠っていたのかと思うとぞっとした。
 慌てて電車を降りる。
 周りは見知らぬ人の海。
 こんなに人がいるのに、誰も私の係累ではないことに、安堵と不安という矛盾した感情を抱いた。

 改札を出た私の足は、無意識のうちにある場所へと向かっていた。



 絶望と虚無感に身を浸された私が知らずと向かっていたのは、浩太郎に告白された川辺だった。
 川の向かい岸のビルの明かりが川面に映え、キラキラとしているのはいつもの通り。

 多くのベンチにカップルが腰掛けているその光景が今の私には毒だった。
 わずか数日前までは私もこんな風だったのに、今は忌々しくてならない。
 思うに、「リア充爆発しろ!」というよく聞くセリフは、本当に不幸な人間には口にできない。カップルを茶化そうとする心があるだけ、その人は健やかなのだ。

 空いていたベンチに腰掛け、輝く川面を眺める。

――まだ出会ったばかりの私達ですが、結婚を前提にお付き合いしていただけないでしょうか?

 告白の言葉は、一字一句違えることなく私の耳にいつでも再生される。
 いつだって誠実で、温和で、冷静で――そして何より真面目だった浩太郎のことを、こんな風に感傷的に思い出す日が来るなど、あの時は想像さえできなかった。
 別れるときが来るなんて、誰が予想できただろう?


――会いたい、私の運命の彼氏。