その緊張のせいか、野球場についてからの出来事もとぎれとぎれにしか記憶していない。

 松本くんがきらきら輝く表情で一生懸命にルールを説明してくれていたのだけれど、全然頭に入って来なかった。

 なんせ、しょっちゅうファールボールが飛び込んでくるのだ。

 わたしの心は滅多に休まらず、ずっとどきどきしていなければならなかった。

 ファールボールが飛んでくるたびに松本くんに「大丈夫だから」と苦笑交じりになだめられる。

 いわゆる吊り橋効果であたかも自分が松本くんに恋しているものだと勘違い寸前のところだった。

 試合は、三対二で松本くんが贔屓にしているチームは敗北を喫した。

 しかし試合後の彼の表情は決して悔しがるようでも悲しむようでもなく、むしろ充足感にあふれていた。

 勝ったか負けたか、それが大事だったのではない。

 自分自身が今日の試合を楽しめたというその事実が重要であったのだと言わんばかりの、満足感。

 野球を観戦できた時間それ自体が、彼にとっては幸せだったのではないか、とふと思う。

 彼のそんな表情を見とめたのは、観戦後のファンでごった返す野球場最寄りの駅ホームでのことだった。ここで一つ、今日ついて来てくれたことの感謝を口にしようとしたその時だった。

 けたたましく鳴り響くメロディー。

 誰かの携帯電話の着信音だ、と思った時にはすでに松本くんが彼自身の携帯電話を手にしていた。

 メールだったのだろう、画面にしばらく目を落とした松本くんの表情がさっと青ざめる。心配になって尋ねる。