しかしその時の小神はそうではなかった。

 わたしの反応を無視して――というより、目に入っていないのだ――話を続けた。

「私は彼女の悩みを解消すべく、具体的な行動を起こしました。彼女が私の行動を厭おうとも、お節介だろうとも――それが“彼女のためになる”と信じて」

 小神の声は今までどの瞬間どの場所で耳にしたそれよりも遥かに悲痛な響きを伴っていた。それまで野太さとは無縁の高く上ずった声が特徴的であったのだ。そしてその声こそが、小神の変人度合いをさらに高めていたのだが――そう、松本くんの野太い声とは対称的なまでに。

 ところが今、わたしが今耳にしている小神の声帯の震えは、普段のそれとは明らかに異質だった。古い、暗い記憶を蔵の奥深くから無理に引き摺りだしてきたかのような――。

 わたしは思わず生唾を呑み下していた。

「私のその行為は、彼女個人のレベルではなく、彼女の家庭や親戚、当時の担任教諭にまで接触の及ぶものでした。そして彼女を中心とした人間関係のネットワークに介入した分だけ、結果としては彼女を疲弊させ、傷つけることとなったのです。その後の彼女と私の関係についてはここで詳らかにお話しするまでもないでしょう。その程度のことは星野さんにも察しがつくと思います」

 最後にややわたしに対する挑戦的な(遠まわしに言えば、のことだが)一言を残して、小神は一息ついた。

 グラスの水を一気に飲み干し、食べかけのまましばらく放置されていたハンバーグを、再び流麗な手つきで口に運んだ。

 しかしその所作すらも先ほどまでの小神の陰鬱な話しぶりを目に耳にした後では、どこか悲壮感の漂う動きに見えてしまう。大げさな言葉ではあるが、ふと「滅びの美学」という一語が頭の一片を掠めたほどだった。

「結局のところ、私の行いは彼女の問題を解決するどころか、悩みを深刻化させただけのものでした。間もなく彼女は不登校がちになり、私の不要な干渉のあった半年後にはこの市内の他の私立高校へ転校してしまいました。当然私は傷つき悲嘆に暮れましたが、彼女が負った傷に比べれば私のそれなど取るに足らぬものだったことでしょう」


「先輩、人の心の傷の度合いなんて比較していいものじゃありませんよ」