夕食後、再び部屋に戻ると、スマートフォンを取り出し、眠気について調べようとブラウザを立ち上げた。

 しかし初期ページに設定しているポータルサイトのトップ画面に、わたしが贔屓にしている製菓会社からアイスの新作が出たという(一般人にとっては大層どうでもいいことに違いない)ニュースを目にし、いても経ってもいられず財布片手に家を飛び出た。

 調べ物をしようとしていたわたしの最初の目標はその時にはわたしの頭の片隅にすら残っていなかった。

 ゴールデンウィークも近くなってきたせいか、上着をはおらずとも全く問題のない気候になってきたなあなどと思いながら近くのコンビニまで行き、目当てのアイスを無事見つけ、その場ですぐさま購入する。コンビニを出てすぐさまパッケージを開け、アイスの味を堪能する。

 水銀灯の明かりだけが頼りの暗い中、期待通りの甘さと、予想の上をいく香りにたっぷりとした幸福を覚えながら、わたしは遠回りして家へ戻る。

 うちの家は夜中に甘いものを食べるのをよしとしないため、こうしなければ家に帰った後母親にばれてしまうからだ。

 近所の人に見られる可能性も充分あるが、そう思うとちょっとしたスリルを味わえてなんだかわくわく、ぞくぞくする。

 これだからやめられないのだ。そもそも夜の街歩き、というのがわたしは好きでたまらない。

 日中活気づいている町が、たった数時間で誰もいないひっそりとした空間に生まれ変わる。まるで、わたしがこの一角の支配者のような気持ちになれる。

 我ながらこんなの〝いい子〟のする行動じゃないよなあ、などと思いながら、マンションの傍らにある児童公園の角に差しかかる。

 このマンションはわたしの住居などではないのだが、幼馴染の友達の数人が住んでいたため、小さい頃はよくこの公園で遊んだものだ。

 端から端までどれだけ多く見積もったって百メートルもない公園だが、砂場にブランコ、ジャングルジムの三点セットさえあればどれだけでも遊んでいられたものだ。公園の周囲はツツジの生垣で囲われているほか、もう花も散ってしまった桜の木々が等間隔に植わっている。

 最近はこういう植え込みも不審者が隠れる場所になってしまうから止めるべきだという議論が巷では活発に行われているらしい、ということをふと思い出す。

 いつの間にこの国は子どもの生きにくい社会になったんだろう。わたしたちが子どものころはそんな心配をしたことなんて全くなかったし、それは周囲の大人たちだって同じだったのだろうと思う。

 なんとあのころは平和な世の中で、わたし自身もなんと純真な子供だったんだろう、と内心おどけながら公園を横切ろうとした、その時だった。