昨日の一件でわたしの中での松本くんの評価はぐんと上がった。
ただただ優秀で、自分さえよければそれでいいという人間なわけではなく、他人に対する思いやりがある人だってことがわかった。
小神なんかとは比べること自体が失礼なほどに、松本くんは人格者なのである。
……小神だって一応わたしを志望校に合格させようという気持ちがあるという点では「一応」評価はしてやってもいいんだけれど、絶対に本人の前では礼は言わない。
わたしも松本くんのような人間になれたらなあと思う一方で、どれだけ頑張っても、どれだけ精神修養を積んでもあの次元には到達できないんだろうなあというため息が漏れもする。
と、そんなことを放課後のショートホームルームの時間に考えていると、
「はい、それでは今から今年度の各種委員を決めたいと思います」
という担任教諭の呼びかけが聞こえた。
毎年恒例の委員会決定会議が始まった。
わたしたちの学校では他の学校よりはやや遅めのタイミング、四月第三週水曜のホームルームで、学級委員や旅行委員といった委員を各クラスから男女一名ずつ選び出す。
この時間は結構重要なものと考えている生徒は多い。
誰だって人気のない委員にはなりたくないものだからだ。
うちの学校でいう「人気のない委員」とはすなわち、仕事がきつい委員会や地味で花のない委員会のことを指す。
この両方を兼ね備えている委員会は嫌われる傾向にある。
例えば学級委員なんかであれば確かに日々の雑用で仕事がきついことはきついが、クラスの代表という点で花があるため人気のある職である。
一方会計委員なんかは、金が関わってくるため責任が重いわりに、日蔭の仕事が多く地味であるため、生徒は敬遠しがちなのである。
大学に推薦入試で入ろうと思っている生徒は率先して委員会を引き受けるが、わたしのように特にそういう野心の欠片もない生徒ははなからこのミーティングそのものに参加していないも同然の態度をとる傾向にある。
実際去年のわたしは、ホームルーム中ずっと道端の小石のように目立たぬようにして時間をやり過ごした。
と、いうわけで今年もわたしは委員など引き受けるつもりはさらさらない――そんなスタンスで、「お前やれよー」なんていう声で徐々に騒がしくなる教室の中、自席でひっそり息をひそめている……つもりだった。
ガタッ。
わたしの、ほんのすぐそばで、椅子が動く音がしたのである。
いや、「ほんのすぐそば」なんていうまわりくどい言い方はやめにしよう。
わたしの真後ろ――すなわち、松本くんの席だ。
「俺、会計委員やります」
松本くんのくっきりとした声が教壇に向かってまっすぐに響いた。
それまで各々近い席の人間に「やらねーの?」なんて押し付け合っていた生徒たちが、一斉に松本くんを振り向く。
「松本、やってくれるのか。ありがとう」
担任はぱっと目を輝かせて黒板に松本大輔の名前を書き入れた。
「さっすが松本~」「頑張れよ」
教室の中で飛び交い始めたそんな声を、ぴたっと止めるものがあった。
それは、自然と天井に向かって伸びた、わたしの右腕だった。
「わたし、女子の会計委員やります」
ただただ優秀で、自分さえよければそれでいいという人間なわけではなく、他人に対する思いやりがある人だってことがわかった。
小神なんかとは比べること自体が失礼なほどに、松本くんは人格者なのである。
……小神だって一応わたしを志望校に合格させようという気持ちがあるという点では「一応」評価はしてやってもいいんだけれど、絶対に本人の前では礼は言わない。
わたしも松本くんのような人間になれたらなあと思う一方で、どれだけ頑張っても、どれだけ精神修養を積んでもあの次元には到達できないんだろうなあというため息が漏れもする。
と、そんなことを放課後のショートホームルームの時間に考えていると、
「はい、それでは今から今年度の各種委員を決めたいと思います」
という担任教諭の呼びかけが聞こえた。
毎年恒例の委員会決定会議が始まった。
わたしたちの学校では他の学校よりはやや遅めのタイミング、四月第三週水曜のホームルームで、学級委員や旅行委員といった委員を各クラスから男女一名ずつ選び出す。
この時間は結構重要なものと考えている生徒は多い。
誰だって人気のない委員にはなりたくないものだからだ。
うちの学校でいう「人気のない委員」とはすなわち、仕事がきつい委員会や地味で花のない委員会のことを指す。
この両方を兼ね備えている委員会は嫌われる傾向にある。
例えば学級委員なんかであれば確かに日々の雑用で仕事がきついことはきついが、クラスの代表という点で花があるため人気のある職である。
一方会計委員なんかは、金が関わってくるため責任が重いわりに、日蔭の仕事が多く地味であるため、生徒は敬遠しがちなのである。
大学に推薦入試で入ろうと思っている生徒は率先して委員会を引き受けるが、わたしのように特にそういう野心の欠片もない生徒ははなからこのミーティングそのものに参加していないも同然の態度をとる傾向にある。
実際去年のわたしは、ホームルーム中ずっと道端の小石のように目立たぬようにして時間をやり過ごした。
と、いうわけで今年もわたしは委員など引き受けるつもりはさらさらない――そんなスタンスで、「お前やれよー」なんていう声で徐々に騒がしくなる教室の中、自席でひっそり息をひそめている……つもりだった。
ガタッ。
わたしの、ほんのすぐそばで、椅子が動く音がしたのである。
いや、「ほんのすぐそば」なんていうまわりくどい言い方はやめにしよう。
わたしの真後ろ――すなわち、松本くんの席だ。
「俺、会計委員やります」
松本くんのくっきりとした声が教壇に向かってまっすぐに響いた。
それまで各々近い席の人間に「やらねーの?」なんて押し付け合っていた生徒たちが、一斉に松本くんを振り向く。
「松本、やってくれるのか。ありがとう」
担任はぱっと目を輝かせて黒板に松本大輔の名前を書き入れた。
「さっすが松本~」「頑張れよ」
教室の中で飛び交い始めたそんな声を、ぴたっと止めるものがあった。
それは、自然と天井に向かって伸びた、わたしの右腕だった。
「わたし、女子の会計委員やります」