「小神先輩?」
この二人には一年生の時に、「わたしに付きまとう迷惑な先輩」として小神のことを話したことがある。それを思い出したらしく、二人はなるほど、と頷いた。
「あの変人の先輩ね……」
「別に〝先輩〟って呼ばなくってもいいよ、あんな変人。敬意なんて抱きようもないし」
二人の「小神先輩」呼ばわりにわたしは苦笑した。すると、彼女たちは首を横に振った。
「わかってないなあ、かおるは。呼び捨てで相手の名前を呼ぶってことは、敬意を示していない証拠であると同時に、相手に親しみを覚えている証拠だと思うよ」
「そうそう。わたしらはあの変人先輩と関わり合いじゃないってことを示すために敢えてよそよそしく〝先輩〟って呼んでるんだから。」
別に親しくなんてしてないから! 等々、わたしはしばし二人に抗議したが全くもって聞き入れられなかった。なんというわたしの地位の低さ。
それからわたしは始業式の日にあった出来事をかいつまんで二人に話して聞かせた。その間も、グラウンドではキャッチボールに引き続き、ノックや打撃の練習が進んでいた。金属とボールの触れあう甲高い音が、春の空に響いている。
すべて話し終わると、二人は声高に笑いだした。遠慮のない、スカッとした笑いだ。ひとしきり笑ってから、意外な一言を口にした。
「かおるって、誠実だよね」
「え? わたしが?」
虚をつかれ、何が何のことやらわからない。
「だって、いやだいやだ言いながらでも、先輩のアドバイスをちゃんと聞き入れたってことでしょ?」
うーん、良い言い方をすればそうなのかもしれないけれど。でも本当に素直に聞き入れたというより、やけっぱちで観察しているんだけどな。
「松本くんがかおるの救世主って小神先輩は言いたいのね」
「そうらしいんだよね……」
わが校の「スーパー・ヒーロー」たる松本大輔の傍にいることで、わたしは彼の努力する姿勢に影響されて自己変革を遂げられる――というのが小神の言いたいところなのだ。簡単にいくものだとは思えないけれど、小神はそう信じているようだ。
「要するにかおるはもっと努力しなきゃだめってことだよね」
「うぐ……」
はい、その通りです。
「小神先輩はただかおるに『努力しろ』って言うだけじゃかおるが頑張らないこと、わかってるんじゃないかな。だからコトバであれこれ説教するんじゃなくて、努力家の姿勢に感化されていくのを期待しているんじゃない?」
「確かにそうかも。かおるって基本的にコトバで通じるタイプじゃないもんね」
「そうそう! わかるわ~」
グサグサ。
わたしを異星から来た日本語の通じない宇宙人のように扱う二人の手腕には驚かされるばかりである。
いや、直接わたしの欠点を言ってもらえるのはすっごくありがたいんだけど……遠慮がちっともない。
「ん、かおる何か言った?」
「いえ何でもないです……」
わたし、へこみますよ……。
二人はそれから話題をまたたく間に元に戻した。ものすごい切り替えのよさだった。きっと本番の入試でもその切り替えの速さは活かされることでしょうね。
「松本くんの噂って、いろいろあるよねえ」
二人はうんうん、と頷きながら弁当のおかずを頬張る。
「あるね。中学卒業する前に、いくつか甲子園常連校からスカウトがあったけど蹴った、だとかね。それも学費免除っていう条件出されたらしいのに、だよ。わたしならそっちに行っちゃうけどなあ」
それから続けて出された近隣の野球学校の名の数々に、わたしは目をまるくさせるばかりだった。さして野球に興味のない女子高校生であっても、この県内に住む限り名を聞かずには生きていけないほどの名門校ばかりではないか。
「それ、本当なの?」
正直びっくりしてしまう。尾ひれが付いているのかどうか、わたしには判断しかねるところだが、その話が事実だとすると、ものすごいことではないか。まさか彼が甲子園級の実力者だったとは。ただの平凡な中学や高校で四番を務めているのとは、わけが違うようだ。
この二人には一年生の時に、「わたしに付きまとう迷惑な先輩」として小神のことを話したことがある。それを思い出したらしく、二人はなるほど、と頷いた。
「あの変人の先輩ね……」
「別に〝先輩〟って呼ばなくってもいいよ、あんな変人。敬意なんて抱きようもないし」
二人の「小神先輩」呼ばわりにわたしは苦笑した。すると、彼女たちは首を横に振った。
「わかってないなあ、かおるは。呼び捨てで相手の名前を呼ぶってことは、敬意を示していない証拠であると同時に、相手に親しみを覚えている証拠だと思うよ」
「そうそう。わたしらはあの変人先輩と関わり合いじゃないってことを示すために敢えてよそよそしく〝先輩〟って呼んでるんだから。」
別に親しくなんてしてないから! 等々、わたしはしばし二人に抗議したが全くもって聞き入れられなかった。なんというわたしの地位の低さ。
それからわたしは始業式の日にあった出来事をかいつまんで二人に話して聞かせた。その間も、グラウンドではキャッチボールに引き続き、ノックや打撃の練習が進んでいた。金属とボールの触れあう甲高い音が、春の空に響いている。
すべて話し終わると、二人は声高に笑いだした。遠慮のない、スカッとした笑いだ。ひとしきり笑ってから、意外な一言を口にした。
「かおるって、誠実だよね」
「え? わたしが?」
虚をつかれ、何が何のことやらわからない。
「だって、いやだいやだ言いながらでも、先輩のアドバイスをちゃんと聞き入れたってことでしょ?」
うーん、良い言い方をすればそうなのかもしれないけれど。でも本当に素直に聞き入れたというより、やけっぱちで観察しているんだけどな。
「松本くんがかおるの救世主って小神先輩は言いたいのね」
「そうらしいんだよね……」
わが校の「スーパー・ヒーロー」たる松本大輔の傍にいることで、わたしは彼の努力する姿勢に影響されて自己変革を遂げられる――というのが小神の言いたいところなのだ。簡単にいくものだとは思えないけれど、小神はそう信じているようだ。
「要するにかおるはもっと努力しなきゃだめってことだよね」
「うぐ……」
はい、その通りです。
「小神先輩はただかおるに『努力しろ』って言うだけじゃかおるが頑張らないこと、わかってるんじゃないかな。だからコトバであれこれ説教するんじゃなくて、努力家の姿勢に感化されていくのを期待しているんじゃない?」
「確かにそうかも。かおるって基本的にコトバで通じるタイプじゃないもんね」
「そうそう! わかるわ~」
グサグサ。
わたしを異星から来た日本語の通じない宇宙人のように扱う二人の手腕には驚かされるばかりである。
いや、直接わたしの欠点を言ってもらえるのはすっごくありがたいんだけど……遠慮がちっともない。
「ん、かおる何か言った?」
「いえ何でもないです……」
わたし、へこみますよ……。
二人はそれから話題をまたたく間に元に戻した。ものすごい切り替えのよさだった。きっと本番の入試でもその切り替えの速さは活かされることでしょうね。
「松本くんの噂って、いろいろあるよねえ」
二人はうんうん、と頷きながら弁当のおかずを頬張る。
「あるね。中学卒業する前に、いくつか甲子園常連校からスカウトがあったけど蹴った、だとかね。それも学費免除っていう条件出されたらしいのに、だよ。わたしならそっちに行っちゃうけどなあ」
それから続けて出された近隣の野球学校の名の数々に、わたしは目をまるくさせるばかりだった。さして野球に興味のない女子高校生であっても、この県内に住む限り名を聞かずには生きていけないほどの名門校ばかりではないか。
「それ、本当なの?」
正直びっくりしてしまう。尾ひれが付いているのかどうか、わたしには判断しかねるところだが、その話が事実だとすると、ものすごいことではないか。まさか彼が甲子園級の実力者だったとは。ただの平凡な中学や高校で四番を務めているのとは、わけが違うようだ。