「これ拾ってくれてありがとう! お礼に……」

――ちゅ

 長い黒髪をツインテールにしている小さな女の子が、なれないように少し背伸びをしながら、健太郎の頬にキスをした。

「ちょっと……恥ずかしい……ね。私からしといてなんだけど……顔真っ赤だ私…… 」

 恥ずかしい! と両手で顔を覆いながら真っ赤にしている女の子を見て、健太郎は思っていた。

(この子俺のこと絶対好きだろ)

 無論。この女の子はついさっき、本当についさっき、たまたま会った本当の本当に知らない子だ。
 女の子はそんな事を思われているともつゆ知らず、顔を覆いながら、もう私帰るー! と走って行ってしまった。

「ちょ! ちょっと名前は! 俺また君に会いたいんだがー!!!」

 健太郎のそんな言葉は女の子には届かない。

 しかし、健太郎にはある物が残っていた。

 それは……。

「これがあれば、いつかまた……会えるよな?」

 健太郎が、出会った記念にと撮った、女の子とのツーショット写真。
 スマホをポケットにしまった健太郎は、また会って今度こそ名前を聞こうと心に誓った――

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 #笹原__ささはら__# #健太郎__けんたろう__#高校一年生。

 健太郎は今日も勉強に励んでいる。

「なるほど……ここがこうなるから……こうなんじゃないのか! ……は? 間違いだと……なんでだよ! だって! ……あ、しまったこれ! 等速直線運動か!」

「ねぇ#玲奈__れいな__#、笹原くん今日も独り言すごいね」
「うん……なんかいかにもガリ勉って感じで近づきにくいよね……」
「でもこの間の定期テスト、ランキングに全然載ってなかったよ?」
「いや勉強してるけど点数は取れないんかい!」

 そんな女子二人の声など気にせず、教科書を見続ける健太郎。
 ちなみにこの時健太郎は、教科書を読んでいる振りをしているだけであった。

(おいおいおい! あいつ今俺の定期テストのランキングが載ってなかったって言ったよな! あいつもしかして俺に気があるんじゃないのか!!)

 今日も健太郎は平常運転。
 その勘違いしやすい体質は子供の頃から変わっていない。
 内心ちょっと期待しながら教科書を読み進める健太郎は、全く頭に入っていない。

 ちなみにこのような浮かれ気分は、決して表には出ていない。

 心ではそんそわドキドキしているが、周りからは真顔でただ勉強しているようにしか見えないのだ。
 
(どうせ、あいつも……俺を裏切るんだ……無視しろ俺! 思い出せ! あの地獄の日々を!)

 健太郎は意識を勉強に集中させるため、参考書を取り出し、問題を解く作戦に出た。
 筆箱から取り出したのは、5年間愛用している、フーさんと呼ばれるクマの人気キャラクターがイラストされた鉛筆だ。
 それと共にフーさん消しゴムも取り出し、カリカリと問題を解き進める。(合ってるとは一言も言っていないからね)

「くっそ、これなんだっけ……さっきもやったのに! ちくしょぉがぁぁぁぁ!!!」

 問題が解けないストレスなのか、それとも女子が気になって集中できないからなのか……。複雑な気持ちで叫び散らした時だった。

「健太郎くん……これ落としたよ?」
「…………やめ……」
「ん? このフーさん消しゴム可愛いね! 私も好きなんだぁ、あ、はいこれ」
「あ、あ……ありがとう」

 ガタガタと震えながら消しゴムを受け取った健太郎は、慌てるように教室を抜け出した。

(ちくしょう、なんで! なんで女子はみんなそうなんだ!)

 消しゴムを片手に廊下を歩きながら、健太郎は、中学生の頃の苦い思い出と重ねていた――


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 笹原 健太郎中学一年生

「教科書忘れたの? 私の見してあげる!」
「君、俺の事好きなの?」
「は?」

 
 笹原 健太郎中学二年生

「笹原くん! 今度から健太郎くんって呼んでいい?」
「君もしかして……俺の事好きなの?」
「はぁ?」

 笹原 健太郎中学校卒業

「なぁ、君。俺の事好きなんだろ? 俺もその……」
「いや、あんたなんか別に好きじゃないんだけど……」
「え! だって消しゴム拾ってくれたじゃん!」
「は? そんなんで好きだって勘違いしてたの? ばっかじゃないの。てかあんたみんなからなんて呼ばれてるか知ってる?」
「え、何?」
「シ、ア、ワ、セ、モ、ノ! 勿論馬鹿にしてるだけだけどね」
「…………泣きそう」

 注意して欲しいのはこの出来事はほんの一部だという事だ。バスで隣に座ってきた子にも勘違いしたし、目の前で転んだ子にも勘違いをしたし――


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 ――そして今に至る

「もう、ぜってぇ誰も信じねぇ! あの子以外わな!」

 勘違いをして、俺の事好きなの? なんて無様な言動はとらないと心に誓ったのだ。
 
 ――だがしかし

 女子は仕掛けてくる!(仕掛けてない)

 健太郎の中で勘違いをしない。と言うのは無理難題。そのため最低限度の言葉に発さないという手に出たのだ。
 
 高校一年生になり、女子との関わりを減らすため、休み時間は教科書を開き、帰り道には小説を読む。そんな生活に切りかえた。それなのにそれなのに……

「あいつらは……ポンポンポンポン消しゴムを拾ってきやがるぅぅぅぅ!!!!」

 こうして健太郎は最後の手段に出ることになったのだ。




「彼女を……作ろう……」



 彼女を作れば女子と関わらなくてすむ。

 じゃあ相手は誰?

 そんなの決まってる。

 あの日初めてあったのに頬にキスをしてくれたら彼女なら! きっと!

 健太郎にはあれが勘違いなのか本当なのかは分からない。だがひとつ言えるのは。


(俺はあの時確実に初恋をした)


 自分が今もあの子を好きなのかは分からないが、会いたいという気持ちはある。

 だが会えない……。

「ちくしょうあの子にさえ会えればこんなことには……くっ」

 色々思い出し、悲しくなった健太郎は涙を流しながら廊下を歩く。

(どいつもこいつも部活で青春! とかほざきやがって!)

 教室の前には部活勧誘などのポスターが大量にあるのだ。いつもの健太郎は、教科書を見ているためそんなものに目を向けたことは無い。しかし、今日は焦って飛び出してきたため教科書などはない。必然的にポスターに目がいってしまうのだ。

(いやまてよ? 俺も部活入ればいいんじゃね?)

 そんなこんなで部活勧誘ポスターに目を向けていると、十字架の絵が描かれた、部活とは全く関係なさそうなポスターを見つけ、足を止めた。

「あなたの脈拍大丈夫? 無料診断…………これだ!!!」

 こうして、健太郎は【人脈部】をたちあげることとなったのだ――


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「笹原健太郎……あの人を落としいれればいいんだよね。#隆太__りゅうた__#」

 健太郎の後ろにある曲がり角で、栗色の髪の毛をポニーテールにした女の子は、ニヤリと笑った――