しばらく厚労省の建物を静かに眺めていた近藤さんは、やがてゆっくり歩き出した。なんとなく立ち去り難くて、私も後に続く。


そして、建物の裏手に回った彼は立ち止まり、また建物を見上げたけど、すぐに視線を降ろした。


「いつも雨なんだよ。」


「えっ?」


「今までの人生で、何度か節目と言える時があったけど、なぜかだいたい雨なんだ。入学式、卒業式、成人式、入省式、全部が全部じゃないけど、ほとんどがそう。結婚式も、アイツが出て行った日も、そして今日も。」


「・・・。」


「二次会に行こうと言ってくれた同期の連中の誘いを断って、ここに戻って来たのは、本当は去り行く職場を眺めて、おセンチな気分に浸りたかったからじゃない。会いたい人がいたからだ。」


夜の官庁街、それも裏手側のそこは驚くほど、静かだ。その静寂の中、一人語りのような近藤さんの声だけが流れる。


「会える保証はなかった。もう退庁しててもおかしくない時間だし、むしろ会えない方がいいということもわかってた。たぶん、会えないことで、諦めるということのダメ押しが欲しかったんだ。だけど・・・その子は、出て来た・・・。」


(近藤さん・・・。)


近藤さんが何を言おうとしてるのか、わかり始めた私は、徐々に身体が固まって来る自分を自覚していた。


「とにかく真面目で純粋で、何事に対してもひたむきで、それが最初は空回りしてしまって、持ってる能力の2割も発揮出来てなかった。そんな自分が、悔しくて、もどかしくて、余計空回りしてしまう。見てていじらしかった。あんまり男慣れしてないのか、俺がちょっと近づいてなんか言ったり、教えてあげたりすると、ポッと顔を赤らめたりして、それがとてつもなく可愛くて・・・とにかく守ってやりたかった。そうしないと、どこかへ弾け飛んで行ってしまうんじゃないかって、心配になるほどだった。」


今も間違いなく、私は顔を赤らめてる。そして近藤さんの顔を見ることが出来ない・・・。


「だから、研修期間が終わり、俺の手を離れた後も、なにかと世話を焼いてしまった。やがて、部署が離れ、俺から完全に独立したその子が、メキメキとたくましくなって行く姿を見て、可愛い妹が成長していく嬉しさと、自分の手から離れて行ってしまう寂しさと複雑な思いで眺めてた。」


「・・・。」