その日、退庁しようとエレベーターの近くまで来た私は、近藤さんが険しい表情で、電話で誰かと話している姿が目に入った。


心配になって、その様子を見ていると、近藤さんはため息をついて、電話を切った。


「近藤さん。」


私が声を掛けると、近藤さんは、ハッと私の方を見た。


「どうかしたんですか?」


「絵里の迎えを頼んでいた姉貴が、急に来れなくなって。」


「えっ?」


「子供が急に熱を出したみたいで。姉貴んとこの子供も、まだ小さいから。それで、仕方なく嫁さんの親に頼んだんだが・・・。」


「断られたんですか?」


私の問いに、力なく頷く近藤さん。


「7時までに引き取らなきゃならんのだが、今日は姉貴を当てにして、残業するつもりだったんで、まだ全然仕事が片付いてない。」


その言葉に、私は腕時計を見る。


(今、6時10分。)


「保育園まで、ここから何分ですか?」


「この時間なら、乗継もスムーズだから、40分もあれば・・・。」


その近藤さんの返事に、私は決心した。


「私が行きます。」


「えっ?」


「今ならギリギリ間に合います。」


「桜井さん、気持ちはありがたいが、迎えは親族、それも事前に保育園に登録している親族しか認められてない。君が行ってくれても・・・。」


「そんなこと言っても、他に行ける人がいなければ、どうしようもないじゃないですか。たまたま私は絵里ちゃんと会ってます。絵里ちゃんも私のことを覚えているはずです。私しか今、行ける人間はいないと思います。」


「それはそうだけど・・・。」


「とにかく私はすぐにここを出ます。お父さんから保育園に事情があって、こういう者が代わりに行くからって連絡して下さい。あと、場所はメールで知らせて下さい。」


「わかった、頼む。」


私の勢いに圧されたかのように頷く近藤さん。私は、駅に向かって駆け出した。