「私の会社に入って欲しい。一緒の会社で、働いて欲しいの。」


「唯ちゃん・・・。」


さん付けはさすがによそよそし過ぎ、かと言って呼び捨ても気が引けた俺は、原点回帰でこう呼んだ。


「ソウくんが仕事を辞めて、まさか私の会社のグループ企業の面接を受けに来た。それを知ってしまった私は、もう自分の気持ちを抑えきれなくなってしまった。」


そう言って、真っ直ぐに俺を見る唯。


「私、あの時は自分なりに一所懸命に考えた。どうしたらいいのか、どうしたいのか、本当に考えたんだよ。そして、ああすることがベターなんだと決心して、あなたとお別れをした。逃げるようにアメリカに行ったのも、もう後戻り出来ないようにする為。」


「・・・。」


「アメリカでちゃんと勉強したよ。大好きだったあなたと、別れてまで選択した道なんだから、語学と経営学と、必死になって学んだ。父の跡を継いで、会社を背負うって決めたから。でも・・・父にとって、意中の後継者はあくまで兄。私は甘やかして育てたお嬢ちゃん、会社を背負わすなんて、とんでもないって。そのスタンスはブレないよ、嫌になるくらい。」


そう言うと唯は苦笑いする。


「でも兄の態度は硬化する一方。悠ちゃん・・・じゃなくてお義姉さんと結婚して、舞が出来てからは、実家にほとんど寄り付かない有様。さすがにこれは無理かもって思った父が、次に考えたのは、私に婿を取らせて、その人に跡を継がせるってこと。」


「・・・。」


「それが、兄の結婚式の時に一緒に居た人。悪い人じゃなかったし、能力も父が見込んだだけあって、持ってたと思う。あの頃はもう事実上婚約者扱いだったし、私もそのつもりになりかけてた。だけどあの日、私はそれに疑問を持ってしまった。2年ぶりにあなたに会って。」


その唯の言葉に、俺は驚いて、彼女の顔を見つめる。


「あなたから初めてのイヴに貰った指輪。『そんなもの、いつまで身に着けてるんだ、これからの君の人生において、何の価値もない。』あなたはあの時、そう言った。でも、私は気付いた。私にとって、この指輪はどんな高価なアクセサリーより、大切な価値あるものだって。」


「・・・。」


「だから、アメリカに帰った後、すぐにあの人とは別れた。自分の気持ちにもう、嘘はつきたくなかったから。お父さんだって、あんなに普段は頭の上がらないお祖父ちゃんに逆らって、お母さんを選んだ。お兄ちゃんがお義姉さんと付き合って、結婚するのに反対した人なんか1人もいなかった。私だって、そうする権利がある、ううん、そうしたかった。」


唯は、黙ったままの俺に訴えるように言った。