『おいうるせぇよ!』


『うっ…!』


また、足を蹴られた。


怒りがピークに達した父親が、その怒りに任せて皿を割る音が聞こえる。


『やっ……!』


誰かに握られていたはずの右手は、今では宙を掴むばかり。


『おい、目開けろよ、』


急に静かなトーンに変わった父親の声が聞こえ、私はそっと目を開けた。


そして。


『いっ…、嫌だああぁっ!止めてっ!』


自分の右肩に突き付けられた包丁の存在に気付き、目を見開いて叫んだ。


ありったけの声で。


(誰かっ……!)


『行っちゃ駄目!独りにしないで!』


手を握ってくれた、誰かに向かって。


『何で独りぼっちにするの!?行かないで!』


薄目を開けると、お父さんの持つ包丁の刃が、私の肩をゆっくりとなぞっている。


『嫌だああぁぁぁっ!』


(戻ってきて、お兄ちゃんっ…!)


また首や肩を切られてしまうのではないかという緊張と恐怖から、額に脂汗が浮かぶ。


もう駄目だ。


そう、殺される覚悟を決めた瞬間。



『瀬奈ちゃん』


今度こそ、はっきりと聞こえた。


私の名を呼ぶ、空想上の兄の声が。


「………」


私の右手にはまた熱が加わり、何度も何度も手を擦られる。


『もう大丈夫だよ。…俺はここから離れないから』


彼の言葉は、いとも簡単に私の身体の緊張を解していく。