約束~悲しみの先にある景色~

朝は無かったはずの黒い高級車が、駐車場の近くに停っていたからだ。


それは、車の種類の中ではきっと有名であろう外車ブランド、ベンツ。


「すっ、凄……こんな所にベンツ……」


こんな所、という表現が適切か分からないけれど、少なくとも私はこの団地に住み始めてからベンツ等の高級車が停車しているのは見た事がない。


「え、お金持ちじゃん……。そんな人住んでたの…?」


確かに心の中で呟いているはずが、全て声になっている。


(あれ、でも、この車駐車場に停まってない。てことは、住んでる人じゃない誰かがこの団地に来てるんだ)


この短時間で要らない推理を繰り広げた私は、探偵の気分になってふっと笑みを零した。


(凄い…お金持ちじゃんお金持ち。凄いなぁ……?あれ、誰か居る)


たかが車の種類でその家の貧富を突き止めるのは駄目だと思うけれど、まあ仕方ない。


そうまじまじとベンツを見つめていたから、私は運良く(運悪く)、運転席に座っている男の人と目が合ってしまった。


他の席には明らかに誰も居ないのに、ビシッとスーツで決めている眼鏡を掛けたその男の人は、それが当たり前だとでも言う様に運転席から動かない。


(あ、誰かが帰ってくるのを待ってるのか)


目が合ったので一応その人に会釈をし、私はそそくさとその場を後にした。