ノエリアが首を傾げたところに、部屋のドアが開いた。入ってきたのはシエルだ。

「ノエリア!」

ノエリアは驚いて、そして嬉しくて思わず駆けだしていた。

「シ、シエル様!」

飛びつくようにしてシエルの手を取ると、思わず頬ずりをしてしまった。

「なんだ、どうした」

「だって、もう、三日も会えなくて」

料理を運んできた料理人と侍女たちが驚いている。自分の行動がとても幼く感じたノエリアは恥ずかしくてシエルの手を離して下を向いた。

「ごめん。部屋に戻ろうと思ってもいつも深夜になってしまって、きみは寝ているだろうと思ってね」

(別に、起こされたってわたしはかまわないのに)

シエルはノエリアの頬を両手で包むと上を向かせた。三日ぶりに見るシエルはやっぱり美しい緑色の瞳で、ノエリアの目をのぞき込むようにして見る。

「怒っているのか?」

「お、怒ってないけれど! 同じ建物にいるのに三日も会えないなんて、国王ってやっぱり激務なんだなぁと思って。当たり前ね。お疲れさまですっ」

拗ねているのを悟られたくなくて、物分かりがいいことを言ってみた。子供みたいにどうして会えないか寂しいのにと言いたくなかった。
歴史書を読みながら居眠りをしてしまう自分より遙かに忙しいのだから仕方がない。

「まぁな。でも今夜は夕食を一緒にしようと思って」

駆け寄ってきたサラが「申し訳ございません」と深々と頭を垂れる。

「わたしがお伝えするのをうっかり忘れておりました」

「そうか、まぁ驚かせたということでいいだろう。サラ、気にすることはないよ」

ノエリアも同じように感謝の気持ちで微笑んだ。シエルの言葉に安心し、サラは下がっていった。

「話もあるし。さ、食べよう。昼食を食べる時間がなかったから空腹なんだ」

シエルはノエリアの隣に着席をした。
葡萄酒を注がれ、ふたりの好きな食材が使われた料理が並べられている。

「今日は少し、ゆっくり食事をできそう?」

「そうだな。食事もそうだけれど、夕食が終わったらすぐ部屋に行きたいくらいだ」

グラスの葡萄酒をあおって、ふうとため息をついたシエル。

(疲れているのね。ゆっくり休んで欲しいな)

それならば、夕食後のデザートは部屋で取るといいだろう。甘いもの、お茶と葡萄酒も少し欲しい。サラを呼んで話しておこうとノエリアは思った。

「ヴィリヨ様に手紙を書いたんだけれど、一緒になにか品物を送ろうと思うんだ。彼がいる地域は比較的ここよりは暖かいだろうけれど、外套とか手袋とか。ノエリアはどう思う?」

「お気遣い嬉しいです。そうですね、乗馬の冬用手袋とか」

ノエリアがシエルと婚約をし、王宮にあがるのと同時に、虚弱体質で長年苦しんでいたノエリアの兄であるヒルヴェラ伯爵のヴィリヨは、転地療養へ。

細々と続けていた薬草業の拡大計画、それに関わるヒルヴェラ領土回復のこともあるため、ヴィリヨの回復をなしには語れないのだ。とはいえ、徐々に体力をつけ、医者や薬、食事や薬草などで健康になってきている。ノエリアとしても本当に嬉しいことなのだった。

「この間のお手紙では、お兄様のところも雪が降ってきたのですって。同じ国内でも積雪の少ない地域だからそう大変でもないそうなの」

ヒルヴェラは貧乏だったので痛みの激しい屋敷は建て替え工事に入った。そして事業拡大のため様々な施設と設備が整えられている最中。

「ほら、薬草加工場も新しくなって人も雇うだろう。そのへんは春になったら動き出せそうかなと思って」

「お兄様も順調に回復して体力もついて、暖かくなればもっと動けるようになるでしょうね。わたしも一緒に屋敷の様子を見に行けると思うわ」

ヒルヴェラの屋敷で、ノエリアとヴィリヨ、侍女マリエ三人だけで、貧乏だけれど慎ましく明るくそして忙しく暮らしていた頃が懐かしい。

「リウが派遣した者が逐一報告をあげてくれているから心配いらないよ」

リウはシエルのかけがいのない右腕。なんでもできる万能な側近なので、任せていて安心だ。