「あの、ノエリア様」

控えめに、まるで内緒話をするみたいにサラがノエリアに話しかける。誰もいないというのにどうしたのか。

「噂になっています。わたし、ノエリア様が心配で」

「なに? どうしたの」

言い淀むサラだったが、泣きそうな顔をして切り出した。

「カーラ様は、公妾として迎えられる予定と……」

(……え?)

「ま、まさか」

穏やかではない話題に、ノエリアは背筋が寒くなった。気温のせいではない。

「カーラ様の父上は公爵様で、ご病気で国外に出られカーラ様を親戚に預けられたと聞きました。そしてもともとシエル様と縁談があった方なのですよね、カーラ様って」

「たしかにそうだけれど、その、カーラは引き取られた親戚と折り合いが悪くて、だからここへ」

「かつて縁談があったからこそです。だからこそ不幸な身の上になった令嬢を迎えたと考えられるのです。それに王宮にあがることだってご本人がずいぶんと強引だったと聞きました。なんだかわたし、この状況が怖いです」

他国の国王でも、王妃がいながらも公妾・愛人を迎え尚かつ王宮に住まわすということはなきにしもあらず。それはここドラザーヌでも例外ではない。しかし、シエルは現時点で未婚の国王だというのに妾の話があるとは一体どういうことなのか。

(王妃のブローチをくれたのだから)

ノエリアは握った手にぐっと力を入れる。

「な、なにも怖いことはないわ。カーラはよく気がつくし、頭もいいし」

「分かります。彼女を嫌いなのではありません。それにしたってノエリア様がいるのに以前縁談があった令嬢を迎えるなんて」

サラは不安のなかにも怒りを込めているようだ。

「憶測でものを言うのは……シエル様は妾についてはなにも言っていませんよ」

もし仮にそうだとしても、そんなに大事なことを黙っているわけがない。ノエリアという婚約者がいて結婚を約束しているというのに。

(ただ、たしかに正式な結婚の日取りが決まっていないのは事実。だからサラが余計に心配するのだわ)

サラは不安で心配してくれているのだし、騒ぎ立てることはきっとないだろう。けれど、妾の噂が大きくなったときまわりがどうなるのかは分からない。ひとの口は塞げない。ノエリアといえば過去にカーラといざこざがあったにせよ、いまは縁あって仲良く暮らしているのだし恨みなどない。彼女の中にシエルを思う気持ちがあるにしても。

「サラ。皆がどう思っているか分かりませんがカーラを悪く言わないでね。お願いします」

「わたし、ノエリア様のことが心配なだけです」

サラの気持ちは嬉しかった。そして、まさかカーラが妾という噂が立っているなどを夢にも思わなかった。

しかし、近くがいいというノエリアの侍女になりたいとの申し出、シエルを前にした時の彼女の反応を思い出すと、心が騒ぎ出す。シエルを好きだという気持ちは悪いことではない。ノエリアが気付いてしまっただけだ。シエルはカーラを美しいと言っていた。そして王が妾を迎えることは珍しくはない。