「ノエリア様にお手紙のようです」

「お兄様からだ。ありがとう」

手紙を受け取ってなかをあらためる。短い手紙だったが、先日シエルと選んだ贈り物と手紙を送ったから、それに対するお礼が主だった。

「元気に過ごしているとあるわ。変わりないみたいでよかった。あとでシエル様にも見せよう」

ヴィリヨの笑顔を思い出しほくほくと温かい気持ちで手紙を仕舞う。

「いつか、ヴィリヨ様にもお会いしてみたいです」

サラとカーラが興味津々の様子。

「わたしもサラ様もきょうだいがいませんから、お兄様なんて憧れます」

カーラがサラに「ね」と同意を得ていて、ふたりで頷いている。

「そうね。お兄様はとっても優しくてわたしは大好き。虚弱で本当に心配が絶えなかったけれど見違えるほど元気になったの。療養を用意してくれたシエル様には本当に感謝しています」

ノエリアの話をふたりは編み物と刺繍の手を止めて聞いていた。

「ノエリア様に似ているのかしら。だったらかなり美形ね」

「金髪の男性なのでしょう? この国ではなかなかお目にかかれない」

サラとカーラがキャッキャと笑った。

「そうね。お兄様は金髪で茶色の瞳が素敵な美形です」

少し自慢げに言うノエリアだった。ヴィリヨもシエルやリウのように魅力的な男性でこれから女性に騒がれる存在になるだろう。そのうち誰かと恋をして結婚するのだろうなと思うとなんだか自分のことのようにドキドキしてくる。
女だけでこんな風におしゃべりができるのはとても楽しい。社交界に出ていればまた違ったのだろうけれど、そんな経験もなく大人になってしまった。

このように同年代の女性と過ごすことは、少女の頃に経験しなかった時間だ。話し相手といえばマリエかヴィリヨだったし。それが嫌だと思ったことはなかったのだけれど。

(カーラとサラと、こんな風に楽しくできるなんて幸せ)

気兼ねなくて楽しく穏やかな時間だ。
いまはただシエルの婚約者というだけで、どこかにノエリアを伴い参加するようなお披露目もまだだ。とはいえ、仕事と立場上参加しているだけで煌びやかな場は苦痛だというシエルの顔が浮かぶが。

「シエル様もかつてはお兄様がいらしたのですものね」

「そうね。亡くされて辛い時期を過ごしたでしょうけれど……ずっとリウ様がいるし、わたしが増えてサラとカーラがいて賑やかでいいと思う」

ノエリアが言うと、ふたりは優しい笑顔を浮かべた。

温室ではゆったりとした時間が流れる。
思えば、ヒルヴェラの屋敷にいたころは着るものや生活費、食べ物の心配をしてばかりだった。割れた窓ガラスに板を打ち付けて保護したり、畑仕事で泥だらけになったり。

「ヒルヴェラにいた頃が懐かしいな。畑仕事と食事の支度、洗濯とやることがいっぱいあって。でも毎日充実していた」

「まるでいまが退屈みたいな言い方じゃないですか?」

カーラが言う。ふふと笑ってサラが続けた。

「ヴィリヨ様がヒルヴェラの屋敷に戻られたら、ノエリア様は王宮にいながらも事業を手伝うのでしょう?」

「そうね。そうだった」

歴代王妃の中に自ら事業に携わる女性がいないわけではなかった。しかし趣味程度であったり道楽で失敗したり。興味がなければなにもしないだろう。

ヒルヴェラ再興はノエリアとヴィリヨの夢だったのだから、ノエリアが薬草業を手伝うことはシエルも賛成してくれている。

「いまは休息時間、そして王妃となるご準備があるのですから、退屈なんていっていられませんよ」

サラに言われ、リウの顔が浮かんだ。そうだ、勉強しなくてはいけない。ここにいてもやることがいっぱいあるのだ。

「あ。糸が足りなくなっちゃったわ。わたしちょっと部屋に取りに行ってきます」

カーラがそう言って温室を出ていった。背中を見送るサラが再び編み物を置いて「お茶のおかわりを煎れます」と言ってくれた。