何も知らない様子で、知らない人の墓前に手を合わせるために。


お兄ちゃんがこんな満面の笑みを浮かべる、その程度の人なのに。



「ナオ、く……」



頭の中がぐちゃぐちゃのまま、振り向く。

ベランダから差し込む光が私を照らした瞬間、逆光の中でもはっきりとナオくんの表情が変わったのがわかった。



「……っ!」



瞬間、私の手から乱雑に奪い取られた写真。

触れた手は温かいはずなのに冷たくて、温かさを知ってるからこそ温度差に衝撃を受けて、瞳の奥が少しの痛みを伴って熱くなる。



「い、今の写真……私の見間違いかな……。お兄ちゃんにそっくりな人、うつってた……」


「…………」



滲む世界の向こうに、ナオくんの声は聞こえない。



いやだ。なにか言ってよ。

お願いだから。ねぇ。


違うんだって。これは精巧に作られたコラージュなんだって。

これはお前の兄貴にそっくりな別人だって。


ううん、本人でもいい。

同姓同名で同じ高校だったけど、お前が妹だって気付かなかったんだって。

めちゃくちゃな言い分だったとしても、私、信じるから。



これ以上ないくらい好きになっちゃったあんたのこと、ちゃんと信じたいのに。



「なんで、なにも言ってくれないの……っ」



唇の端から滑り落ちた言葉は震えてた。


写真を失って彷徨っていた手に、ちいさな衝撃が弾ける。



泣きたくなんかなかったのに、素直に涙が溢れてしまうようになったのは、あんたがそうであれって言ったからだよ。