「痛い!痛いってば!放してよ!」
「ははは!この泣き虫ー!」
カヤは、砦の廊下にて、厄介な奴に捕まっていた。
カヤの髪を鷲掴みにしているこの恰幅の良い少年は、弥依彦。
王の息子であり、次期王でもある。
ハヤセミの事を嫌っているカヤだが、それと同じくらいに弥依彦の事が嫌いだった。
我儘で、傲慢で、自分の思い通りにならないと、すぐに手を出してくる。
そして今日もまた、カヤがその犠牲になったのだ。
理由は単純だ。カヤが弥依彦に「遊べ」と言われたにも関わらず、それを拒否したからだ。
だって、この男の「遊び」は毎度毎度カヤをいたぶって楽しむだけのものなのだ。
前回は戦ごっことだとか言われて、木の棒でコテンパンに殴られた。
あんな酷い思いをして、何故カヤが遊びに付き合うと思ったのか。
「っ放して!放してってば!」
髪を引っ張られる痛さに、カヤが涙混じりの声を上げた時だった。
「弥依彦様!お止め下さい!」
「いて!」
ドンッ!と小さな影が、弥依彦に向かって体当たりをかました。
ヨロヨロとよろめいた弥依彦は、カヤから手を放し、たった今自分を突き飛ばした人物を睨み付ける。
「おい、ミズノエ!何すんだよ!」
「こ、琥珀に意地悪しないで下さい……!」
「うるさいな!」
弥依彦の丸々に太った腕が、ドーン!とミズノエを押した。
華奢な身体は呆気なく吹っ飛んでいき、床に勢いよく叩きつけられる。
「悪い奴には天誅だ!」
床に這いつくばったままのミズノエを、弥依彦が何度も蹴り付けた。
ミズノエは必死に身体を丸めて、その蹴りに耐え続ける。
「ふん。お前、本当にハヤセミの弟なのかよ?弱っちい奴!つまらん!」
抵抗しないミズノエに飽きたのか、やがて弥依彦は鼻息も荒くその場を去って行った。
「ミズノエ!ミズノエ!」
カヤは床に打ち捨てられているミズノエに駆け寄った。
「いてて……大丈夫だよ」
顔をしかめながらゆっくり起き上がったミズノエの唇からは、血が垂れていた。
咥内を切ったのだろう。
「ごめっ……ごめんね、ミズノエ……ごめんね」
涙を流しながらその血を衣で拭えば、彼は悲しそうに睫毛を伏せた。
「琥珀、ごめんね。僕が弱いから君のことをちゃんと守れない。僕、もっと強くならなきゃ……」
「強くなんてならないで!強くなったら、きっと遠くへ行っちゃうよ……今のまま、ずっとお傍にいて……」
泣きじゃくりながら抱き着いたカヤの身体を、ミズノエはそっと抱き返してくれた。
「……居れると良いな。ずっと琥珀の傍に」
ぽつりと呟き、小さな手は嗚咽を漏らすカヤの背中を、何度も撫でた。
