それでもハヤセミは優秀らしく、時々砦の人間がその弟であるハヤセミと比較するような会話を交わしていた。
『ハヤセミ様とミズノエ様は、なんだってあんなに出来が違うんだろうねえ』
漏れ聴こえてくる内容は、大抵そんな感じだ。
そのためカヤは、不本意にも『ミズノエ』と言う名前を忘れるに忘れる事が出来なかった。
「そんな事言ったら怒られちゃうよ。ほら、戻ろ……」
「戻らない!もうお祈り嫌!」
しつこく差し伸べられてくる手をバシッ!と叩き、カヤは立てた膝に顔を埋めた。
「でも……君はクンリク様なんでしょ?神の娘なんでしょ?だったら祈らなきゃ……」
真上から戸惑ったような声が落ちてくる。
「違うもん!カヤ、そんな名前じゃないもん!とと様がくれたお名前があるんだもんっ……」
そうだ、とと様がくれた大事な名前がある、のに。
―――――優しいとと様は死んでしまった。
かか様は、はっきりとは言わないけれど、きっと王様に殺されてしまったのだ。
カヤのせいで。カヤが、村に帰りたい、って泣いたから。
「とと様……とと様っ……」
"もう村に帰らせてくれ"と、王様に進言したとと様は、カヤの眼の前で何処かへ連行されていった。
かか様は泣き崩れていた。
絶望的な泣き声を上げながら、カヤを抱き締めていた。
私がとと様を殺した。
大好きだったとと様を、だれでも無い私が。
「今の名前、嫌いなの?」
泣きじゃくるカヤの前に、ミズノエがしゃがみ込んできた。
穏やかな声に抗うようにして、声を絞り出す。
「嫌いっ……全部全部、大嫌い!」
この世の中で、一番に嫌いだ。
名前も、この髪も、眼も、自分すらも、すべて、すべて。
「泣かないで」
涙で濡れそぼった頬を柔く包まれた。
優しく優しく上を向かされる。
カヤの顔を覗き込むミズノエの瞳は、ハヤセミのそれと少し形が似ているのに、携える穏やかさは全然違った。
「――――琥珀」
ミズノエの唇が、聴き慣れない単語を落とす。
「え……?」
「琥珀って知ってる?」
そう尋ねられ、ふるふると首を横に振る。
「あのね、北の崖では金色の宝石が採れるんだって。それを琥珀って言うんだって大人が言ってた。僕はまだ見たことが無いんだけど、きっと君の瞳みたいに綺麗なんだと思うよ」
琥珀、と真似して呟いてみる。
不思議な響きだった。どんな色なんだろう、と気になった。
ミズノエはカヤの頬を包んだまま、小さな親指で眼尻をそっと拭う。
「ねえ。今の名前が嫌なら、僕が新しい名前をあげるよ」
「新しいお名前……?」
「うん。今日から君のことを琥珀って呼ぶ。皆が君のことを"クンリク"って呼ぶのよりも、もっともっとたくさん、君の名前を呼ぶよ。ねえ、だから――――」
――――もう一人で泣かないで。約束だよ、琥珀。
そう言って、新しい居場所をくれた人は、果てしなく優しげに笑っていた。
『ハヤセミ様とミズノエ様は、なんだってあんなに出来が違うんだろうねえ』
漏れ聴こえてくる内容は、大抵そんな感じだ。
そのためカヤは、不本意にも『ミズノエ』と言う名前を忘れるに忘れる事が出来なかった。
「そんな事言ったら怒られちゃうよ。ほら、戻ろ……」
「戻らない!もうお祈り嫌!」
しつこく差し伸べられてくる手をバシッ!と叩き、カヤは立てた膝に顔を埋めた。
「でも……君はクンリク様なんでしょ?神の娘なんでしょ?だったら祈らなきゃ……」
真上から戸惑ったような声が落ちてくる。
「違うもん!カヤ、そんな名前じゃないもん!とと様がくれたお名前があるんだもんっ……」
そうだ、とと様がくれた大事な名前がある、のに。
―――――優しいとと様は死んでしまった。
かか様は、はっきりとは言わないけれど、きっと王様に殺されてしまったのだ。
カヤのせいで。カヤが、村に帰りたい、って泣いたから。
「とと様……とと様っ……」
"もう村に帰らせてくれ"と、王様に進言したとと様は、カヤの眼の前で何処かへ連行されていった。
かか様は泣き崩れていた。
絶望的な泣き声を上げながら、カヤを抱き締めていた。
私がとと様を殺した。
大好きだったとと様を、だれでも無い私が。
「今の名前、嫌いなの?」
泣きじゃくるカヤの前に、ミズノエがしゃがみ込んできた。
穏やかな声に抗うようにして、声を絞り出す。
「嫌いっ……全部全部、大嫌い!」
この世の中で、一番に嫌いだ。
名前も、この髪も、眼も、自分すらも、すべて、すべて。
「泣かないで」
涙で濡れそぼった頬を柔く包まれた。
優しく優しく上を向かされる。
カヤの顔を覗き込むミズノエの瞳は、ハヤセミのそれと少し形が似ているのに、携える穏やかさは全然違った。
「――――琥珀」
ミズノエの唇が、聴き慣れない単語を落とす。
「え……?」
「琥珀って知ってる?」
そう尋ねられ、ふるふると首を横に振る。
「あのね、北の崖では金色の宝石が採れるんだって。それを琥珀って言うんだって大人が言ってた。僕はまだ見たことが無いんだけど、きっと君の瞳みたいに綺麗なんだと思うよ」
琥珀、と真似して呟いてみる。
不思議な響きだった。どんな色なんだろう、と気になった。
ミズノエはカヤの頬を包んだまま、小さな親指で眼尻をそっと拭う。
「ねえ。今の名前が嫌なら、僕が新しい名前をあげるよ」
「新しいお名前……?」
「うん。今日から君のことを琥珀って呼ぶ。皆が君のことを"クンリク"って呼ぶのよりも、もっともっとたくさん、君の名前を呼ぶよ。ねえ、だから――――」
――――もう一人で泣かないで。約束だよ、琥珀。
そう言って、新しい居場所をくれた人は、果てしなく優しげに笑っていた。