「……そろそろ帰るか」
コウが、カヤを振り向きながら言った。
「あ、うん」
確かにもう真夜中に近い。
コウをこんな時間にまで付き合わせてしまった事を申し訳なく思いながら、カヤは立ち上がった。
コウは昨日と同じように、カヤを家まで送ると言ってくれたが、その申し出は断った。
仕事で疲れているであろうコウに、そこまで迷惑を掛けたくなかった。
そのため二人は、待ち合わせの場所と同じ森の入口でさよならをする事にした。
「それじゃ……おやすみ。今日はありがとう」
ぺこりとコウに向かって頭を下げる。
そして『また明日ね』と何の疑問も持たず口にしようとした時だった。
「カヤ。俺、明日からしばらくこの村出るわ」
「え?」
さらっとそう言われ、カヤは出しかけた言葉を口にしなくて良かった、と思った。
なんだか当然のように明日も会える気で居たのだ。
そして、それを悟られたくなかった。
「この村には春の祭事の準備に来ただけだからさ。一旦自分の国に戻って、また祭事の時に来るよ」
そうだった。コウは根無し草の商人。
いつまでもこの国に居るわけではない。
「そっか……祭事の時にまた会えると良いね」
出来るだけ自然な声でそれを言うのに、少しだけ苦労した。
「明日からも、この森に通うんだよな?」
こくりと頷く。
土地が見つかったから、さっそく明日から耕すつもりだった。
「また追い回されないように気を付けろよ」
「うん、確かに……」
もうさすがに大丈夫だとは思うが、もしもまた追い回されたら次こそ一人だ。
その時果たして無事に乗り切れるだろうか。
思わず俯きかけたカヤの頭を、コウは撫でた。
ぽんぽんと、また二度。
「まあ、今日気張って後ろとか見てたけど、別に誰も着けてきてなかったから大丈夫だとは思う」
優しい口調でそう言われ、息を呑む。
コウと一緒だからって安心して呑気に歩いている間、そんな事を気にしてくれていたのか。
内心驚くと、コウの手は頭からスッと引いていった。
「じゃあ、カヤ。またな」
そして今度はその手が、握手を求めるように差し出される。
(まるで今生の別れみたいな握手だな)
握れば、二度と会えない気もした。
けれど拒否するなんて言う失礼な事も、馬鹿げた事も、もうコウに対して出来はしなかった。
「うん、またね。コウ」
あの日返さなかった握手を、今度こそ返す。
ほんの一瞬だけど握った掌は温かい。
きっと、この温度を記憶に埋めてしまわないよう抗うんだろう。
固く握手を交わした二人は、その場で手を振って別れた。
少し進んでから振り返ると、コウはカヤを見送り続けてくれていた。
その姿に向かって最後に大きく手を振り、カヤはコウの視界から逃れるように、村まで走った。
コウが、カヤを振り向きながら言った。
「あ、うん」
確かにもう真夜中に近い。
コウをこんな時間にまで付き合わせてしまった事を申し訳なく思いながら、カヤは立ち上がった。
コウは昨日と同じように、カヤを家まで送ると言ってくれたが、その申し出は断った。
仕事で疲れているであろうコウに、そこまで迷惑を掛けたくなかった。
そのため二人は、待ち合わせの場所と同じ森の入口でさよならをする事にした。
「それじゃ……おやすみ。今日はありがとう」
ぺこりとコウに向かって頭を下げる。
そして『また明日ね』と何の疑問も持たず口にしようとした時だった。
「カヤ。俺、明日からしばらくこの村出るわ」
「え?」
さらっとそう言われ、カヤは出しかけた言葉を口にしなくて良かった、と思った。
なんだか当然のように明日も会える気で居たのだ。
そして、それを悟られたくなかった。
「この村には春の祭事の準備に来ただけだからさ。一旦自分の国に戻って、また祭事の時に来るよ」
そうだった。コウは根無し草の商人。
いつまでもこの国に居るわけではない。
「そっか……祭事の時にまた会えると良いね」
出来るだけ自然な声でそれを言うのに、少しだけ苦労した。
「明日からも、この森に通うんだよな?」
こくりと頷く。
土地が見つかったから、さっそく明日から耕すつもりだった。
「また追い回されないように気を付けろよ」
「うん、確かに……」
もうさすがに大丈夫だとは思うが、もしもまた追い回されたら次こそ一人だ。
その時果たして無事に乗り切れるだろうか。
思わず俯きかけたカヤの頭を、コウは撫でた。
ぽんぽんと、また二度。
「まあ、今日気張って後ろとか見てたけど、別に誰も着けてきてなかったから大丈夫だとは思う」
優しい口調でそう言われ、息を呑む。
コウと一緒だからって安心して呑気に歩いている間、そんな事を気にしてくれていたのか。
内心驚くと、コウの手は頭からスッと引いていった。
「じゃあ、カヤ。またな」
そして今度はその手が、握手を求めるように差し出される。
(まるで今生の別れみたいな握手だな)
握れば、二度と会えない気もした。
けれど拒否するなんて言う失礼な事も、馬鹿げた事も、もうコウに対して出来はしなかった。
「うん、またね。コウ」
あの日返さなかった握手を、今度こそ返す。
ほんの一瞬だけど握った掌は温かい。
きっと、この温度を記憶に埋めてしまわないよう抗うんだろう。
固く握手を交わした二人は、その場で手を振って別れた。
少し進んでから振り返ると、コウはカヤを見送り続けてくれていた。
その姿に向かって最後に大きく手を振り、カヤはコウの視界から逃れるように、村まで走った。