タケルの戸惑いも無理は無かった。

このような夜更けに、とっくにお勤めが終わったはずのカヤが、何故か翠の部屋に居るのだから。


翠は綺麗に背筋を伸ばし、正座をしていた。

それから居ず前を丁寧に正すと、意を決したように口を開いた。


「タケルはもう感付いてると思うけど、力が消えた」


まるで嫌な事は一気に言ってしまおう、とでも言うような、流れるような物言いだった。

「へ……?」

カヤは衝撃のあまり、口をポカンと開けるしか無かった。

石のように固っているカヤの隣で、タケルはと言うと重たい溜息を一つ付いた。

「やはりですか」

「やはりだ」

「完全に、ですか」

「完全に、だ」

そんなやり取りの後、タケルはもう一度溜息を付いた。
先ほどよりも、深く深く。

黙り込む二人の顔を交互に見やりながら、カヤは湧き出る動揺を押さえきれなかった。

どうして二人がそんなに冷静なのか、全く分からなかった。


(そんなまさか……そりゃ確かに最近は占いの調子が悪かったみたいだけど……)

本当に力は完全に消えてしまったのだろうか?
少しすれば戻ったりはしないのだろうか?

そんな淡い期待が浮かぶが、それは二人の暗い顔を見た瞬間、消え失せた。



「それから、もう一つ言わなければいけない事がある」

岩のように重い空気の中、翠が口を開いた。


―――これ以上まだ何かあるのか。

絶望しかけたカヤは、次の瞬間には眼を疑った。


膝に置いていたカヤの手に、白い手が重なってきたのだ。


紛う事なき翠の手だ。

翠は、カヤの手を握っていた。あろう事かタケルの眼の前で。


「え、えっ……!?」

仰天して反射的に引っ込めそうになった手を、翠は更にぎゅっと握りしめる。

お陰で抜け出せないまま、繋がれた手がタケルに堂々と晒され続ける事になってしまった。

一体何をしてくれているんだ。

言葉を失ったまま翠を見やるが、視線は合わない。
彼は、険しい表情でタケルを見据えていた。


「……そういう……事ですか……」

タケルは、全てを悟ったらしかった。

さすがに翠とカヤが親しい仲だと言う事は予想していなかったのだろう。

正に呆然とした表情を浮かべている。

「まさか交わったと言うのですか」

非難めいたタケルの言葉を、翠はすぐさま首を横に振って否定した。

「いいや、違う。断じて禁忌は犯していない」

タケルが疑わしい眼をしている事に気が付き、カヤも賛同するように慌てて頷く。