「あ……」
ビィィィン……と右耳の真横で、刀身が震える音が聞こえている。
カヤは錆び付く眼球を、どうにか右に向けた。
ほんの目の前で、鈍色の刃がカヤの髪を巻き込みながら、壁に突き立てられているのが見えた。
膳の剣は、間一髪でカヤから逸れていた。
避けなければ、間違いなく顔面を突き刺していたに違いなかった。
「っち、避けおったか……運の良い……」
舌打ちをし、壁から刀身を抜いた膳は、立ち上がって再び剣を構えた。
「次こそ一思いに殺してやろう」
カヤを見下ろしてくる膳の双眸は、不自然なほどに落ち着いていた。
恐怖で可笑しくなりそうな頭の中、やけにその事に意識が向く。
(その眼は、何)
憎しみに駆られたような眼では無い。
ただただ静かで、どこまで行っても凪いだ湖のように、穏やかな眼―――――
「っわ、からない……」
震える声が、震える唇から落ちてきた。
「私には、分からないっ……私を殺す事と、この国を救う事とっ……何の関係があるっていうの……!?」
膳の全てを奪ったカヤが憎くいから殺そうとするのならば、分かる。
しかし膳は『この国を救う』ためだと言った。
カヤを殺す事が、なぜこの国を救う事に繋がるのか、カヤにはどうしても理解出来なかった。
膳は、ふとカヤが座り込んでいる床に視線を落とす。
そして身を屈めると、何かを拾い上げた。
それは、膳の斬撃から免れる事の出来なかった、カヤの髪の切れ端だった。
「……金の髪、金の瞳。お前の容姿は酷く恐ろしい」
哀れな残骸を見下ろしながら、膳がぽつりと言った。
「だがな、畏怖と羨望は隣合わせなのだよ。ふとした瞬間に、互いが互いに成り代わる」
対極にあるその二つの感情が、あの人を思い起こさせた。
畏怖の道を行くカヤ。
そして、羨望の道を行く翠。
全く違う道を歩んでいるようで、実はカヤ達は、紙一重の位置に居ると言いたいのか?
当惑するカヤに、膳は言葉を続ける。
「お前のその見た目も、人々の眼に慣れが生じた時、いつか羨望に成りうるだろう」
そんなわけが無い。
そう心の中で嘲笑った時、しかしカヤは、ふと己の考えに疑問を抱いた。
確かにカヤは異質な存在として恐怖を向けられている。
―――――『この国』では。
"クンリク様は我が国に無くてはならない存在でございます"
かつて、ハヤセミが翠に向かって放った言葉を思い出す。
あの地獄のような国で、カヤは確かに『羨望』に近いものを受けていた。
今とは全く正反対に、だ。
(畏怖と羨望は隣合わせ……)
どくん、どくん。
気持ち悪い程に、心臓が嫌な音を立て始めていた。
最近の屋敷内で横行していると言う、あの馬鹿げた賭け事が頭をよぎる。
もしもあれが、畏怖が羨望とやらに変貌し始めている兆候なのだとしたら?
(いや、だ)
――――いつかまた、あの狂喜めいた崇拝が向けられる日が、来るかもしれない。
ぞ、っとした。
「過度な羨望は人を狂わせ、やがて争いを産む。争いが激化すれば、国は内側から崩壊するだろうよ」
血の気が引いたカヤに、膳が恐ろしい予言を淡々と落とす。
ビィィィン……と右耳の真横で、刀身が震える音が聞こえている。
カヤは錆び付く眼球を、どうにか右に向けた。
ほんの目の前で、鈍色の刃がカヤの髪を巻き込みながら、壁に突き立てられているのが見えた。
膳の剣は、間一髪でカヤから逸れていた。
避けなければ、間違いなく顔面を突き刺していたに違いなかった。
「っち、避けおったか……運の良い……」
舌打ちをし、壁から刀身を抜いた膳は、立ち上がって再び剣を構えた。
「次こそ一思いに殺してやろう」
カヤを見下ろしてくる膳の双眸は、不自然なほどに落ち着いていた。
恐怖で可笑しくなりそうな頭の中、やけにその事に意識が向く。
(その眼は、何)
憎しみに駆られたような眼では無い。
ただただ静かで、どこまで行っても凪いだ湖のように、穏やかな眼―――――
「っわ、からない……」
震える声が、震える唇から落ちてきた。
「私には、分からないっ……私を殺す事と、この国を救う事とっ……何の関係があるっていうの……!?」
膳の全てを奪ったカヤが憎くいから殺そうとするのならば、分かる。
しかし膳は『この国を救う』ためだと言った。
カヤを殺す事が、なぜこの国を救う事に繋がるのか、カヤにはどうしても理解出来なかった。
膳は、ふとカヤが座り込んでいる床に視線を落とす。
そして身を屈めると、何かを拾い上げた。
それは、膳の斬撃から免れる事の出来なかった、カヤの髪の切れ端だった。
「……金の髪、金の瞳。お前の容姿は酷く恐ろしい」
哀れな残骸を見下ろしながら、膳がぽつりと言った。
「だがな、畏怖と羨望は隣合わせなのだよ。ふとした瞬間に、互いが互いに成り代わる」
対極にあるその二つの感情が、あの人を思い起こさせた。
畏怖の道を行くカヤ。
そして、羨望の道を行く翠。
全く違う道を歩んでいるようで、実はカヤ達は、紙一重の位置に居ると言いたいのか?
当惑するカヤに、膳は言葉を続ける。
「お前のその見た目も、人々の眼に慣れが生じた時、いつか羨望に成りうるだろう」
そんなわけが無い。
そう心の中で嘲笑った時、しかしカヤは、ふと己の考えに疑問を抱いた。
確かにカヤは異質な存在として恐怖を向けられている。
―――――『この国』では。
"クンリク様は我が国に無くてはならない存在でございます"
かつて、ハヤセミが翠に向かって放った言葉を思い出す。
あの地獄のような国で、カヤは確かに『羨望』に近いものを受けていた。
今とは全く正反対に、だ。
(畏怖と羨望は隣合わせ……)
どくん、どくん。
気持ち悪い程に、心臓が嫌な音を立て始めていた。
最近の屋敷内で横行していると言う、あの馬鹿げた賭け事が頭をよぎる。
もしもあれが、畏怖が羨望とやらに変貌し始めている兆候なのだとしたら?
(いや、だ)
――――いつかまた、あの狂喜めいた崇拝が向けられる日が、来るかもしれない。
ぞ、っとした。
「過度な羨望は人を狂わせ、やがて争いを産む。争いが激化すれば、国は内側から崩壊するだろうよ」
血の気が引いたカヤに、膳が恐ろしい予言を淡々と落とす。
