真っ白な景色だった。
その中に、ぽつんと一本だけ木が立っている。
赤く熟れた実が一つだけぶら下がっていて、カヤはそれが甘く美味しい事を知っている。
「カヤ。お花、ありがとう」
目の前には、とと様とかか様が並んで立っていた。
なんて穏やかな笑顔。
だから、これは夢なのだとすぐに分かった。
「ちゃんと届いたんだね。良かった」
2人の腕の中にある白い花を見て、嬉しくなる。
雪中花は優しく花弁をそよがせていた。
「カヤが幸せそうで安心したよ。ね?」
そう言って、とと様がかか様の肩を抱いた。
とと様もかか様も、汚れ一つ無い真っ白な衣を羽織っていて、清廉そのものだった。
きっと2人が居る場所も、同じくらいに綺麗なのだろう。
「ねえ、とと様とかか様が居るところって、どんなところなの?」
カヤが問いかけると、かか様が答えた。
「苦しみは無いわよ。幸せも無いけどね」
「それは良い所って事?」
首を傾げると、かか様は「そうねえ……」としばし考えるそぶりを見せた。
それから、消えちゃいそうなほどに薄く微笑んだ。
「狂うほど穏やかなところって事」
さらさら、さらさら。
砂が溶けるように2人の姿が崩れていく。
目の前で寄り添う2人が形を無くしていって、そして真っ白な地面には欠片すら残らなかった。
最後の一粒さえも、綺麗さっぱりとどこかへ行った。
さよならさえ言えなかったけれど、不思議と悲しくは無かった。
これが夢なのだと自覚しているからかもしれない。
「――――琥珀」
立ち尽くすカヤの背後から、そんな声が聞こえた。
(なんて懐かしい名前)
それで呼ばれるのは、久しぶりだった。
かつて、"カヤ"と呼ばれるのは禁じられ、"クンリク"と呼ばれる事に限界が来たとき、優しいあの子が付けてくれた三つ目の名前。
"カヤの瞳みたいだから"と、そう言って、あの宝石の名前を付けてくれた人。
「ミズノエっ」
嬉しさに頬が綻ぶ。
ミズノエは、あの頃と何も変わっていなかった。
真っ黒な髪は相変わらず柔らかそうで、その華奢な肩だって記憶のままだ。
予感はしていた。
かか様と、とと様に会えた時から、なんとなく。
きっとミズノエにも会えるだろうと、絶対的に確信していた。
「久しぶり、琥珀」
嬉しそうに笑って、ミズノエはカヤに駆け寄ってきた。
しかし、その腕の中に雪中花がない事に気が付く。
「もしかして、お花届かなかった……?」
少し、しゅんとしてそう問いかける。
いつの間にか、カヤもかつてと同じ幼い子供の姿になっていた。
「うん。僕の所には届かなかったみたい」
答えるミズノエの声は、なぜだか明るかった。
だからカヤもすぐに気持ちが晴れた。
ミズノエが朗らかなら、カヤも同じ気持ちなのだ。