ずいぶん高く日が昇ったような気がした。だが、まだまだ午前中だ。通常ならようやく一日の活動を開始するくらいの時間帯。朝の部活動が終わって始業のベルが鳴り始めるころの感覚に似ていた。

 景色を見ながら流すように走っていく。辺りは何も植わっていない田んぼだらけ。本当にここはどこなのだろう。

 そういえば学生の頃、何の部活動に入っていたのだったか――思い出そうとしても、もやがかかったようにぼんやりとして、まとまらない。少なくとも何かやっていたような気がする。大学、そして就職にまで繋がっていくような、何かを――……。

(思い出せないなあ……)

 そこそこのところでやめておく。思い出そうとするたび、封じられた記憶に触れるたび、なんだか今にも天地がひっくり返りそうな、不安定な気分になった。心臓がどくどくと脈打つのを感じる。不安がこみあげてきて、息が切れる。まずい、と律歌は景色を眺め、気持ちを落ち着かせた。大丈夫。ずっとここにいたっていいんだ。ここで生きていたっていいんだ。だから、忘れてしまえ。

 やはり、自分には記憶が部分的に欠けているのだなと思い知る。本来なら大きなハンデのはずだ。みな等しく新しい場所で新しい生活を始めるこの状況だからこそ、そのことに特段不便を感じずにいられるけれど、本来は病院で治療すべき記憶障害なのだろう。

 元いた場所に戻ったら、どれくらい苦労するのだろうか。少なくともこうして日の下、のどかな田舎道を北寺と二人で、ひたすら自転車を漕いではいられないだろう。

 これから、どこに行こうというのだ。わからないまま、律歌は前だけを向いてペダルを踏み続けた。