強がりじゃなく、覚悟はできていた。
危篤だと聞いた時から、この瞬間がくるという予感はしていた。
だけど、ひとの命の終わりを目の当たりにしたのはこのときが初めてだったから。
そして、あまりにも穏やかな表情で目を閉じているものだから。
死を受け止めるのには時間がかかった。
実感がなかったから、悲しみや寂しさを覚えるまでにかなりの時差があった。
母さんはいない。母さんは、亡くなった。
時間をかけて、ようやく頭で理解して、悲しみと寂しさが徐々に込み上げてきて────だけど、同じように病室にいた父さんは、そうじゃなかった。
永遠のような沈黙の後で、父さんは。
『……佳子』
私をまっすぐに見つめて、そう、呼んだんだ。
父さんの口から紡がれた、母さんの名前。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
『父さん……?』
父さん、と呼んでも返事はなかった。
父さんの目はしっかりと私をうつしているはずなのに、私の向こうになにか違うものを見ているみたいだった。
『佳子』
また、父さんが呼ぶ。
そこで、気づいたんだ。
父さんの目が、目に宿るひかりが、違う。
私をとらえるその瞳が、娘を見る目ではないと気づいた。
ああ、まさか。
……まさか。
ふと、確信めいた疑惑が降って湧いて、それを確かめるために私は口を開いて。
『……っ、宏秋さん』
父さんの名前を呼ぶ。
……母さんのやり方で、だ。
声が震えた。
祈りに近い、気持ちだった。
こういうときの祈りのほとんどが裏切られると知っていても。



